2025.09.24NEW

【2025年世界選手権・特集】ロサンゼルス・オリンピックの女子68kg級代表の本命に浮上…石井亜海(クリナップ)

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(文=布施鋼治)

 2025年世界選手権。女子68kg級の石井亜海(クリナップ)の初戦の入場を見て驚いた。笑顔を浮かべながら、スキップして入ってくるではないか。以前だったら、表情は強張るなど、結構ガチガチで入ってくるのが定番だった。いったい何があったのか。

 「全部変わったと思うんですよ。やっぱりメンタル面の変化はすごく大きいですね」

▲1回戦から緊張感のかけらもなく、リラックスモードでマットに上がった石井亜海=提供・PINFALL(撮影:保高幸子)

 パリ・オリンピック前、当時、育英大に在籍していた女子57kg級の櫻井つぐみや62kg級の元木咲良と一緒に2023年世界選手権(セルビア)に出場し、金メダルとオリンピック代表内定を目指していたが、石井だけは5位で、オリンピック出場権を取ったものの規定で代表内定を逃した。

 その後、全日本選手権で優勝できず、翌年1月のプレーオフでは尾﨑野乃香に敗れてしまった。その直後、人目もはばからず号泣する石井にかける言葉は見つからなかった。勝負の世界の残酷さを見た瞬間だった。

 それからの石井は、不安定だった自分のメンタルと徹底的に向き合った。「育英の先生方の毎日の指導で精神力を積み上げることができたんじゃないかと思います。加えて、メンタルトレーニングを取り入れてみたりして、よく作用しているという印象ですね」

台風の目と目されたケネディ・ブレーズ(米国)に圧勝

 石井がらみの見応えのある試合は多かった。まずはケネディ・ブレーズ(米国=「ブレーデス」と表記していましたが、「ブレーズ」とします)との3回戦だ。ブレーズはパリ・オリンピックで豪快なジャーマンスープレックスで対戦相手を担架送りにしたことで世界的に有名になった選手。今大会でも台風の目というべき存在だった。

 ブレーズの身長は180cmもあり、石井とは22cmもの差があった。当然、リーチも同等のハンディがあったはずだが、いざ試合が開始されると、石井はそのハンディを全く問題にせず、片足タックルからのアタックでブレーズを攻略。終わってみれば、12-1のテクニカルスペリオリティで圧勝した。

 試合後、石井は身長差について、ハンディではなく自分のメリットであることを明かした。「68㎏という同じ体重で、向こうの身長が高い分、線の細さを感じた。フィジカルで勝てたんだと思います。相手のリーチの長さも、(逆に)利用できたんじゃないですかね」

▲台風の目との下馬評だったケネディ・ブレーズ(米国)に圧勝=提供・PIN FALL(撮影:保高幸子)

苦い思いを乗り越えたが、思わぬ苦戦も

 準決勝では一昨年の世界選手権で辛酸をなめさせられたブセ・トスン(トルコ)と激突した。一度負けているというディス・アドバンテージを感じさせることもなく、ブレーズ戦同様、11-0のテクニカルスペリオリティで斬って落とした。

 「苦手意識はなかったのか?」と聞くと、石井は「あったんですけど」と前置きしながら、圧勝できた理由について言及した。「2年間、さぼっていないんで。ブセ戦の試合前に思ったんですけど、冷静に考えても、2年前の自分より絶対強いだろう、と思って。テクニカルスペリオリティで勝ったことには自分でもびっくりしましたけど」

▲パリ・オリンピック代表内定を逃した因縁の相手、ブセ・トスン(トルコ)にも圧勝=提供・PIN FALL(撮影:保高幸子)

 その勢いで、ユリアナ・ヤネバ(ブルガリア)との決勝もワンサイドと行きたかったところだが、準決勝までとは打って変わって苦戦をしいられた。第1ピリオドでは1-2とリードを許す。2年前の世界選手権2回戦では石井が8-4で勝利を収めているが、ユリアナもこの2年で進化していたということか。

 試合後、石井は“やってしまった”とばかりに苦笑いを浮かべた。「練習でも、めっちゃ言われていた、なりうる状況になったという感じでした。自分のウィークポイントというべき失点の仕方だった」

どんな窮地に陥っても冷静さを保てる強さを身につけた

 以前の石井だったら、この時点でパニックとなり、自滅していったかもしれない。2年前のトスン戦など、まさにそのパターンだったのだから。第1ピリオド終了間際には一度逆転に成功するも、相手側のチャレンジで逆転は幻となってしまった。

 悪い流れのように思えたが、今回はそれも全て想定内だった。「そういうピンチになってからの練習をたくさんしてくれた育英の先生たちに感謝するしかないですね」

 第2ピリオドになると、石井は相手を引いてからバックをとり3-2と逆転した。それでもユリアナは石井対策を練ってきたのだろう。石井が相手の片足タックルをタックル返しで変えそうとすると、その動きにカウンターを合わせようとするなど、石井の一歩先を読む動きも目立っていた。

▲決勝のユリアナ・ヤネバ(ブルガリア)にやや苦戦したが、最初は勝利パリ・オリンピック76kg級代表のユリアナ・ヤネバ(ブルガリア)

 最終的には4-2で勝利を収めたが、石井は イメージ通りでなかったことに首をかしげた。「出発前から優勝する気持ちではいました。優勝した自分を思い浮かべて、本気で泣いたくらい。優勝したらそうなるくらいうれしいだろうな、と思ったんですよ。でも優勝したら試合内容が悪すぎて全然喜べなかった。なんかかみ合わなかったですね」

 それでも、どんな窮地に陥っても冷静さを保っていたことは特筆されるべきだろう。この2年の努力は、決して無駄ではなかった。ロサンゼルス・オリンピックに向け、石井は68㎏級の大本命として一歩踏み出した。

▲応援に駆けつけた両親とともに優勝を喜ぶ=撮影・布施鋼治