2025.09.21

【2025年世界選手権・特集】天国の小原日登美コーチにささげる世界一…女子53kg級・村山春菜(自衛隊)

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(文=布施鋼治)

 「オリンピック階級で自分が世界選手権に出られることに、半分あきらめのような気持ちを持っていたので、結果をしっかり残せたことに驚いています。2~3年前の自分からしたら、到底考えられない」

 2025年世界選手権の女子53kg級で優勝したというのに、ミックスゾーンに現れた村山春菜(自衛隊)は大喜びするわけでもなく、半信半疑の面持ちを浮かべていた。世界選手権では通算4度目の優勝で、今大会でも入場時には「3度も世界チャンピオンになっている」と何度も紹介され、直近では2年前に55kg級で世界チャンピオンになっている。

▲53kg級では7年ぶりの世界一。2年前の55kg級優勝ではやらなかったウィニングランで喜びを表した=提供・PIN FALL(撮影:保高幸子)

 しかし、同年の全日本選抜選手権では53kg級で3位、世界選手権後の全日本選手権では55kg級で2位と勝ち切れなかった。「これ以上、自分が何をしたらいいのか、分からなくなってしまいました」

 2歳半から、吉田沙保里の父・栄勝さんが始めた三重・一志教室でレスリングを始めたので、2023年の時点でマット歴は20年を超えるベテラン。しかし、キャリアに関係なく、出口を見つけることはできなかった。

 悩める村山を見かねたのだろう。自衛隊で女子のコーチを務めた小原日登美さんが声をかけ、組み手をあらためて指南した。

 「そうすることで、自分のタックルをいかすためには、どう闘っていけばいいのかも教えてもらいました」

 具体的に言うと?

 「レベルが高くなると、自分の得意技をかけるのが難しくなる。そういう局面でも、どうやったら技をかけられるか。そいうことを言葉で説明したりすることができるくらい一緒に考えてくれました」

▲今年6月の明治杯全日本選抜選手権で村山春菜の世界選手権代表決定を祝福した小原日登美さん。天国で村山の快挙を喜んでいることだろう=撮影・矢吹建夫

3年前に勝っているルシア・イェペス(エクアドル)だが…

 レベルの高い試合になると、後半が大事であることも再認識した。

 「そこで守るにしても、フェイント入れたりしたら、相手はすぐ来るかもと思うじゃないですか。小原コーチは『でも、下がって守るのが守りじゃないよ』とか、ひとつひとつの動きを分解して教えてくれた。難しいんですけど、そのおかげで、よけいに深く考えられるようになったかなと思います」

 効果はてきめん。一時は練習していてもちっとも楽しくなかったが、そこから、またレスリングをやって楽しいと思えるようになったという。気持ちが晴れると、翌24年は全日本選抜選手権、全日本選手権とも55kg級で優勝するなど少しずつ結果が出るようになった。

 村山は小原コーチが恩人だと思っている。「何年もやっていてレスリングを知ったような感じでいたけど、年齢が上がっても幅を広げられる。そういう可能性があることを教えてくれた人ですから」

▲オリンピック銀メダルを経て成長していたルシア・イェペス(エクアドル)と決勝を闘った村山春菜=提供・PIN FALL(撮影:保高幸子)

 今夏、小原コーチは帰らぬ人になってしまったが、その恩に報いるためにも今大会では結果を残すしかなかった。決勝はルシア・イェペス(エクアドル)と争った。日本では2023年の世界選手権で藤波朱理をあわやというところまで追い込み、翌年のパリ・オリンピック決勝でも藤波と顔を合わせたことで知られる南米の実力者だ。

 実は村山も、2022年のU23世界選手権53kg級決勝で当たり、10-0のテクニカルスペリオリティで下している。しかし、一度勝っているというだけで、精神的な余裕など一切なかった。

 「私より実績のある選手ですからね。逆にオリンピック2位の選手と闘えたことは貴重だったと思います」

夫・貴裕さんの大きな愛が世界一を引き寄せた

 試合は、村山ががぶりを効かせ、終始リードする形で最後は5-0で勝利を収めた。53kg級での優勝は2度目で、実に7年ぶりだった。村山はイェペスの成長に舌を巻く。「久しぶりに闘って、すごくパワーとかついた感じがありました」

 村山が決勝で闘っている最中、観客席から必死に応援している男性がいた。昨年3月に入籍した夫で元自衛隊選手の貴裕さんだ。結婚して以来、献身的に妻のサポートに回り、今回の世界選手権では単身クロアチアに入り、観客席から応援に撤していたという。

▲応援席から声を枯らすほど声援を送った夫・貴裕さん=提供・PIN FALL(撮影:保高幸子)

 村山姓では初の世界一。彼女は「村山姓で世界一になるのも目標のひとつだった」と打ち明けた。「いつも自分が苦しいときにも、ただ黙ってそばにいてくれる。それだけで、すごい力強い存在になっている。今回も自分が逆の立場だったら、なかなかクロアチアまでは来られない。本当に大きな愛で支えられていると思います」

 パリ・オリンピックの53kg級で優勝した藤波朱理(日体大)は57kg級でオリンピック連覇を目指すと宣言した。ちょっと気の早い話ではあるが、東京オリンピック50kg級金メダリストの須﨑優衣(キッツ)が、もし53kg級に転向してロサンゼルスを目指し、村山との直接対決が実現するならば、どんな試合になるのか。

 この階級には清岡幸大郎(カクシングループ)の妹でここ数年は村山と激しいデッドヒートを繰り広げる清岡もえ(育英大)もいる。人は何かをきっかけに大きく変わる。

 復活した4 TIME WORLD CHANPIONは、小原コーチの教えと夫からの愛を武器に、初めてオリンピックでも金を狙うのか。表彰式後、貴裕さんと記念写真に収まるとき、村山はマットでは一度も見せたことのない温和な微笑を浮かべた。

▲夫婦愛で、2028年ロサンゼルス・オリンピック代表、そして金メダル獲得を目指す=提供・PIN FALL(撮影:保高幸子)