※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
修学旅行先の沖縄でわき見運転の車にはねられ、必死の治療もむなしく21日に17歳の生涯を閉じた東京・安部学院高校レスリング部2年生の堀幸奈さんの通夜が3月25日、埼玉県朝霞市の朝霞市斎場で行われた。小雨の降る中、日本協会の福田富昭会長をはじめレスリング関係者と同校生徒ら約500人が最後のお別れをした。26日には告別式が行われる。
事故が起きてから最後まで意識が戻らず、予断を許さない状況が続いていたが、すぐに沖縄に駆けつけた同校の成富利弘監督は、「ご両親は明るく気丈に振る舞って周りを元気づけてくれた。オリンピック存続のための署名活動もしてくれました」と、その献身的な看病を振り返る。
同監督は「4月から3年生になって、表彰台の一番いいところを取らせてあげたいと思っていた。一番悔しいのは本人でしょう」と話す。昨年7月アジア・カデット選手権(キルギス)は堀さんを含めたチームに監督として同行したが、「私は(海外遠征は)部員たちに連れて行ってもらっていると考えている。一緒に行かせてもらったことを感謝している」と思い出を語った。
同クラブの同期生(堀さんを入れて8人)は仲がよく、いつも一緒だったそうで、「遺志を継いでもらいたい。精神的なケアをしっかりして、彼女のためにもがんばってもらいたい」と、残された選手の頑張りを期待した。
■周囲を気遣ってきれた先輩(母親)に感謝の吉村祥子コーチ
安部学院高は、ふだんはJOCエリートアカデミーとともに練習している。堀さんに手とり足とり指導してきたアカデミーの吉村祥子コーチ(エステティックTBC)も特に胸を痛めている一人だが、単に教え子というだけではない。
堀さんの母・京子さん(旧姓福田)は、吉村コーチらとともに、いわゆる女子レスリングの一期生だった選手。同コーチがレスリングを始めた代々木クラブの初代キャプテンであり、1989年世界選手権(スイス)のチームメートであり主将だった選手。「私たちに優しく厳しく指導してくれた偉大な先輩」という間柄だ。
まな娘の不慮の事故にもかかわらず、前日には選手たちにたくさんのメッセージを送ってくれたそうで、「一つ前に進む勇気というか、背中を押してもらえたので、みんな少し心が前に向き始めたように思います」と、悲しみの中にも周囲を気遣ってくれた先輩に感謝の気持ちを表した。
「本当に苦しいときは幸奈が背中を押してくれると思って、しっかりと頑張っていきたい」と話す吉村コーチは、「言葉にならないくらい残念で悲しいことですが、彼女の頑張りをたたえてあげたい。みんなが今まで通りになるには時間がかかると思いますが、その思いを私たちがしっかり引き継いでいきたい」と、悲しみをこらえて幸奈さんを送った。
(取材・撮影=矢吹建夫)