(文=布施鋼治)
ザグレブに季節外れの桜が咲いた-。2025年世界選手権第4日(9月16日)、女子59㎏級で尾西桜(日体大)が初出場にして初優勝を果たした。金メダルとチャンピオンベルトを手にした大学2年生は、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「(シニアの)世界選手権優勝は、今年一番目指してたことなので達成できて本当にうれしい」
初戦(2回戦)と3回戦をテクニカルスペリオリティ勝ち。準決勝をフォール勝ち。順調に勝ち上がってきた尾西だったが、マリア・ビニュク(ウクライナ)との決勝では、いきなり窮地に追い込まれた。第1ピリオド、ビシュクに立て続けにローリングを決められ、一時は1-6とリードを許した。
並みの神経なら、焦っても仕方ない状況ながら、日頃の日体大の練習で周囲からこんなゲキを飛ばされていたことを思い出した。
「取られたら、取り返せ」
当たり前のようで、実際にそうするのは非常に難しい。それを具現化するための尾西は、反復練習を数えきれないほどこなした。「毎日毎日、しつこいくらいに言われている。その言葉がずっと頭にあったので、リードされてもすべて想定内だと受け止めることができました。わたしを優勝に導いてくれた言葉だと思います」
今大会のセコンドについてくれた伊調馨コーチから、普段の練習で学んだこともいきた。「ある意味、オリンピックでの4連覇はお手本だと思っています。練習で、馨さんは点数をとられても、逆に相手に“ありがとう”みたいな感覚でやってる。常に向上を目指している方なので、そういうストイックな面を尊敬しながら学んでいます」
素の一面を見せたのは、今回の遠征で同室だったという女子55㎏級で3位に入賞した内田颯夏(日大)との誓いを打ち明けたときだった。「颯夏と一緒に気持ちを高め合ってきたので、必ず勝とうと決めていました。今日は2人とも勝ってホテルに戻ったら、絶対カップラーメンを食べよう、と。ずっと減量していたので、“あれを食べよう”これを食べよう″というのも決めています」
これでU17、U20に続き、シニアでも世界チャンピオンとなった。グランドスラム達成も決して夢ではあるまい。尾西の次なる目標は2028年のロサンゼルス・オリンピックでの金メダル獲得だ。このところ主戦場にしていた59㎏級は、非オリンピック階級。「オリンピックを目指すとするなら、上げるのか? 下げるのか?」と突っ込むと、尾西は「上げます」と即答した。「肉体改造など、すでに取り組んでいることもある。ここからさらにギアを上げて、準備を進めていきたい」
今後、尾西は62㎏級でロサンゼルス・オリンピック出場を目指すことになる。この階級には、パリ・オリンピック金メダリストで今大会でも金メダルを獲得した元木咲良(育英大助手)、同オリンピック68㎏級銅メダリストの尾﨑野乃香ら強豪たちがひしめき合う。それでも、尾西は「最後に笑うのは自分」と自信満々だ。
「オリンピック階級で、私はただの挑戦者。これから、困難な道が待ち受けていることも覚悟してます。でも、目標だけは見失わずに頑張っていこうと思います」
日体大では今大会の女子65㎏級で3年ぶりに世界一となった森川美和(ALSOK)や尊敬する先輩である藤波朱理とともに、ときに男子の練習の中に混ぜてもらい、貪欲に自分に足りないものを吸収している。
伸びしろだらけの19歳は、どこまで強くなるのか。