(文・撮影=樋口郁夫)
【9月14日(日)】
2025年世界選手権第2日。昨日、記者席では、いつもいる米国レスリング協会ホームページのゲーリー・アボットさんの姿が見えない。保高幸子カメラマンにその話をすると、同協会の若い人から聞いたようで、「やめたそうです」とのこと。米国は終身雇用制ではなく契約制が基本なので、「定年」というのはないと思うが、1990年に東京で行われた世界選手権のときに来ているので、もう60歳を超えているか? そろそろ第一線を退くときなのかな。
会場では、私のことを「マイ・フレンド」と呼びかけてくれ、よくピンバッジをもらった(日本人には、ピンをプレゼントする習慣がないから、私はやったことがほとんどない)。私がワールドカップなどに行くと、「ネット中継に映っているよ。アメリカ選手の写真、送ってくれないか」といったメールが来て、送ると、ホームページでもしっかり使ってくれていた。
2014年にラスベガスで世界選手権があったときは、協会付きの記者として、普通の記者は入れないウォーミングアップ場への出入りができるようにしてくれたり、何かと便宜をはかってくれた。
知った記者が少しずついなくなるのは、日本でも同じ。共同通信で1ヶ月に1度、プロレスの記事を書いているので、プロレス会場にも取材でよく行くが、記者席にいるのは若い記者がほとんど。ベテランと呼ばれる人は、少しずついなくなっていき、雑談する相手もいないのが現状。
門馬忠雄さんという1964年東京オリンピックのレスリングを取材したことがあるプロレス記者(福田富昭・前日本協会会長とも知り合い)も、存命ではあるがプロレス会場に来なくなった。空手家でも有名な山崎照朝さん(東京中日スポーツに執筆)も亡くなった。時代の移り変わり、世代交代は避けることができないし、やっていかなければならない。
保高情報によると、アボットさんが引退したことで、米国レスリング協会も積極的なSNS戦略をスタートできるようになったとか。アボットさんを責めるわけではないが、高齢者が最新技術を扱えず、導入の障害となって若手の才能を殺してしまうのは、万国共通のことのようだ(一般論ですよ! どこの国のどの競技団体が、とかは一切書いていないですからね!)。
SNSやUberをきちんと使えない私が、老害と言われないように日本レスリング協会を離れたのも、当然ですよね。若い組織にしていかないと、発展はありません。30代、40代が組織を動かすべきです。
ただ、組織に属さず世界選手権の取材に来るのは、周囲に迷惑をかけるわけではないから、問題ないと思っていますが、いかがでしょうか? 世界選手権が近づくと、やはり心躍る感情が出てきます。体が動くなら、2028年ロサンゼルス・オリンピックまでは続けたいな、と思っています。
Uberの話が出たついでに、話がそれますが、9月12日の記事で、空港でUberが動かず使えなかったことで、成國琴音カメラマンから「これだから、おじさんはダメなのよね~、と思われたみたい」と書きましたが、それを読んだ成國カメラマンから「そんなこと全然思っていなかったですよ。なんで動かなかったんだろ、と思っていただけです」と言われました。
人の気持ちを思いやることのできる、いい子だ。母親の顔が見たい! この子にして、この母あり、なんだろうな ^^;
▲兄(成國大志)思いで、兄のサポートを兼ねて撮影に来た成國琴音カメラマン(こちらからも、少し出します^^)。才色兼備で思いやりのあるいい子だ。母親の育てがいいのか、兄の妹への愛情がいいのか=写真はゴールドキッズ壮行会
試合が進み、57kg級でいつの間にか、パリ・オリンピック2位のスペンサー・リー(米国)の名前が見当たらなくなっている。UWWサイトで調べてみると、準々決勝でオリンピック7位のアルメニア選手にテクニカルスペリオリティで負けていた。私たち記者は、「オリンピック○位」など過去の実績で選手の序列をつけるが、勝負の世界は、実績では測れない厳しさがある。
スペンサー・リーが世界のトップ選手であることは間違いないが、かつてのジョン・スミスやセルゲイ・ベログラゾフ(1980年代後半の名選手)の域まで行っていないことは確かだ。
保高カメラマンに「そんな選手であっても、(61kg級世界王者の)小野正之助とのワンマッチ(2月26日に開催=関連記事)を、“軽量級世界一決定戦”とアピールしてイベントを盛り上げるのが、アメリカのスポーツビジネスなんだね」と話すと、同意してくれました。詐欺になるほどの誇大な宣伝はよくないですが、アピールすることが人気獲得に必要なこと。
米国では、レスリングは満員の観客を集めるほどに成長しています。なぜ、日本でそうならないのか。はっきり書くなら、上に立つ人間にその意識がないからだと思います。若い選手・指導者は「強ければ、それでいい」とは思っていないですよ。オリンピックで金メダル8個を取っても人気獲得にはつながらず、取材に来るメディアも、サッカーや大リーグの足下にも及ばないんです。こんな状況をもどかしく思っている人は多いです。
満員の観客であふれた熱狂の会場をつくり、選手がレスリング選手としてのプライドを持てる会場で試合ができる日が来ることを望みます。若い人間の手で、実現してください。
《続く》