少子化もあって競技人口が減り続け、選手獲得に必死の高校レスリング界。キッズ・レスリングが盛んになっている現在、高校入学後にレスリングに取り組む選手は少なく、取り組んでもキッズからやっている選手との実力差が大きすぎて情熱を燃やせないケースは少なくない。県によっては、初心者だけを集めた合宿や試合をやるなどし、段階に合わせた目標を設定し、選手を増やす努力をしている。
岡山・おかやま山陽高校は「9割強の部員が山陽高校からレスリングをスタート!」を前面に掲げて選手集めに尽力。「たった一つのことに心を込めて向き合ってほしい、その姿がいつか君の力になる」「今、この一歩が君の未来をつくる。その歩みはきっと誰かの心も動かす力になる。そしていつか思っていたよりずっと遠くまで来た。と気づく日が来る」と選手を鼓舞し、今年はインターハイ・学校対抗戦の県予選で3年連続優勝、中国高校大会も制した。
2010年に横山茂嘉監督(当時=現部長)の手によって部が再開されてから、全国高校選抜大会とインターハイの学校対抗戦に15回出場(5位入賞2回)。個人戦での全国大会入賞は30回。全国優勝には手が届かなくとも、2年半あればキッズ・レスリング出身選手との差を縮められる見本でもあろう。
現在、チームを指揮するのは、日体大~自衛隊でレスリングを続けた長男・横山太監督。全日本社会人選手権や国民体育大会での優勝経験があり、全日本選手権で表彰台も経験している(2012・14年)。今年はU17アジア選手権(ベトナム)の監督を任せられるなど指導手腕には定評がある。
同監督は「高校入学後にレスリングを始めた選手を中心に教えてきました。みんな一生懸命に、自主性ををもって練習に取り組んでくれていますので、いいチームになったと思います」と話す。岡山県はキッズ・クラブが6つあり、自身も父が自宅につくった道場で運営していた浅口市レスリングスポーツ少年団の出身だが、キッズが盛んかどうかと言えば、そうではなく、高校までつながらないのが現状。高校に入ってからレスリングを始める選手を集めてチームを作るのが常だ。
現在のチームでは、11人の部員のうち経験者は1年生の1人だけ。学校対抗戦のレギュラー7選手は全員が高校入学後にレスリングを始めた選手。それで中国大会を制したのだから特筆ものだろう。
初心者の指導で一番大事と思うことを聞くと、「レスリングを好きにさせることだと思います」と言う。それには、選手に「苦しさを乗り越えて」という練習ではなく、楽しさを感じてくれる練習が必要。横山監督は「私は楽しんでやっています。生徒が楽しんでいるかどうか分かりませんが(笑)」と話し、厳しさを前面に出すことはしない。技術面では「基本に忠実に」と、「自分から研究する自主性を養う」ことを心がけている。
毎年、西日本を中心に多くの大学へ進んでレスリングを続けているのだから、そのやり方はきちんと伝わっている(関連記事)。
初心者の場合、最も大きな壁は、キッズ出身者との大きな実力差に直面し、あきらめの気持ちが沸くことだろう。それをどう克服させるか。「全国で勝っているわけではないので、大きなことは言えませんが…」と前置きし、「可能性はだれにでもある、と教えています。自分でやったことが、自分の成長に返ってくるスポーツ。そこにやりがいを見いだしてくれるような指導をしています」と言う。
初心者として経験者に向かっていくことは、横山茂嘉部長が経験していること。高校時代は陸上・やり投げの選手。致命的となる右ひじをインターハイを決めた試技で負傷し、競技は高校で断念。日体大入学後にレスリングに取り組み、1982年の全日本選手権・男子グレコローマン62kg級では約4年3ヶ月(大きな事故があり、わずが10回の試合経験)のキャリアながら4位までいった努力家(関連記事)。
チームの強化に対する情熱もさることながら、レスリングの発展への並々ならぬ情熱を持っている。2013年にレスリングがオリンピック競技から外される危機を迎えた時には、嘆願の署名活動に精力的に取り組み、約4万人の署名を集めるなど、個人で集めた署名数としては全国一の数字をマーク。
「若い選手がオリンピック出場という目標を奪われようとしていることに、行動を起こさずにはいられなかった。自分の人生を振り返ってみると、一番燃えたのがあの時でしたね」と振り返る(関連記事)。