地方におけるレスリングの振興というと、どの県もインターハイや国民体育大会(現国民スポーツ大会)が大きな役割をになってきた。予算がついて設備が整い、採用した選手が残って指導者の道を歩み後進を育てる、というパターンは多くの県で見られる。
だが島根県の場合、1982年国体でのレガシー(遺産)づくりは成功したとは言いがたい。国体へ向けて中学教員を多く採用したものの、中学ではレスリングの指導をすることができない。高校教員として採用された選手も、転勤すると後釜がいなくなり、部が続かないという事態になってしまった。県内に5校あったレスリング部は、昨年度は2校(隠岐島前、松江工)。
大東高校にレスリング部をつくるにあたり、当初は推進者の澤谷隆成教諭を監督にする予定だったが、インターハイ事務局での仕事との並行することが難しいことが分かり、このあと転勤になれば、指導者不在で廃部となることが目に見えている。地元在住の経験者を外部監督として任せることで、澤谷教諭が転勤になったあとででも部は続く。
市職員へ内定した嘉戸コーチの線もあったが、市役所の職員が高校の部活動の引率や指導がどこまでできるか未定であり、まして着任前に引き受けることは無謀で無責任になりかねない。そこで白羽の矢が立ったのが、地元在住で徳山大OBの渡部誠氏。卒業後は母校の松江工業高校で指導をしたり、県の大会に出場したりで、体は動かしていた。自営業なので時間の融通は利く。
「大東高校にレスリング部をつくるということで話が進み、選手も集めたのに、監督がいなくて頓挫する(行き詰まる)ところだったんです(笑)。そんなときに声をかけられました。私も地元に恩返ししたい気持ちがあったので、受けることにしました」
監督を受けたことが口コミで伝わり、地元新聞に掲載されたりすると、大勢の人から激励の連絡が来たという。応援は力になる。今年は個人対抗戦でインターハイに3選手が出場する。「中国大会でもいい勝ち方をしたし、少しでも上位を目指してもらいたい」と期待する。
学校対抗戦でのインターハイ出場はならなかったが、1年生だけの5人のチームなので、悲観はしていない。「部員を増やし、いずれは『大東高校でレスリングをやりたい』という選手が出るようなチームに育てたい」との青写真を描く。今年の中国大会では、中学時代にバレーボールをやっていた選手が優勝するなど、高校入学後にレスリングを始めた選手にも可能性はあるので、部員集めの幅は広げるが、地元に加茂B&Gクラブという世界チャンピオンを育てたクラブがあるのは心強い。
「クラブの選手が他県に行ってチャンピオンになるのを見たり、聞いたりするのが、本当にもどかしかったんですよ」と言う。大東高校を選手のあこがれの高校にすることで選手を島根に引き止め、大学卒業後に地元へ戻って指導者になってくれるような流れをつくりたいそうだ。幸い、同クラブの5、6年生に強豪選手がおり、2030年の地元国民スポーツ大会では大東高校の選手として出場し、優勝してくれることを期待しているようだ。
「地元にあこがれの選手がいるといないとでは、キッズ選手の気持ち持ち方が違います」。小野正之助選手が凱旋里帰りしたときは、キッズ選手からの握手攻めにあったそうだ。地元の高校から全国トップ選手が生まれれば、お互いに向上できると考えている。
加茂B&Gクラブでキッズ~中学生の指導を24年間続け、小野正之助も指導していた原恵介代表(国士舘大卒)は、大東高校にレスリング部ができたことを、「ずっと望んでいたこと」と喜ぶ。育てた選手が高校になると県外に行く度に、言いようのない寂しさを感じた。保護者に経済的な負担をかけてしまうことも、気がかりのひとつだった。
高校のコーチも引き受け、今後はキッズ~高校生の一貫強化に着手する。力強い供給源を持つ大東高校の将来は、極めて明るい。
インターハイでは、地元と隣町にある5つの高校から約130人の生徒がボランティア運営に携わり、生のレスリングに接する。もちろん地元の人も会場に足を運ぶだろう。嘉戸コーチは「レスリングに触れてもらって、レスリングを知ってもらうことが、将来の普及にもつながると思います」と話し、いずれ雲南市を“レスリングの街”にすることを誓った。
■71kg級・伊内湊音(インターハイ県予選を勝ち抜いて地元大会出場を決め、中国高校大会でも優勝)「年中のとき山口県の徳山ちびっ子レスリング・クラブで始めました。高校入学でこちらに来ました。中学のときに、澤谷先生(顧問)や原先生(コーチ)に大会の度に誘われていました。寮などの環境もいいと思い、決めました。住んでいて不自由はないし、住みやすい場所だと思います。
嘉戸コーチからは技の精度や取り方などを学んでいます。体の構造をふまえて教えてくれるので、技がかかりやすくなりましたインタハイでは1試合でも多く勝ち進み、上位を目指したいと思います。地元開催で、同じ高校の人や地域の人が応援してくれるので、期待にこたえたい気持ちが強いです」
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■55kg級・吾郷煌介(インターハイ県予選を勝ち抜いて地元大会出場を決め、中国高校大会は2位)「地元の加茂B&Gクラブで4歳のときからレスリングをやっています。中学時代は高校でレスリングを続けようかどうか迷っていましたけど、大東高校にレスリング部ができると聞いて、続けることにしました。
嘉戸コーチの指導は分かりやすく、教えられたことがすぐできるようになる、という感じです。インターハイに出られるようになって、努力が実を結んだのかな、と思います。まだ1年生なので、ベスト8には入りたい。地元開催なので、地域に貢献できるよう頑張りたいです」
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■65kg級・金子峻也(インターハイ県予選2位で地元大会出場が決定)「東広島ジュニア・クラブでレスリングを始めました。県外の高校でレスリングをやろうと思っていまして、大分の高校からも誘われましたけど、大東高校には同期の知り合いが行くということで、こちらに決めました。
嘉戸コーチの指導は分かりやすいです。インターハイでは、まず1回戦を勝って、ベスト8にはいきたい。3年生のときは3位入賞が目標です」
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■65kg級・前島拓実(インターハイ県予選は3位で出場ならず)「松江市のリアン・クラブで小学生のときにレスリングを2~3年間くらいやりました。中学では野球をやりましたけど、結果が出なかったので、もう一度レスリングに取り組みました。個人競技の方が自分に向いていると思いました。
松江工業高校でレスリングをやる選択肢もありましたけど、熱心に声をかけられて、こちらに決めました。指導陣が豪華ですので、もっと頑張ろう、という気持ちになります。今年のインターハイには出られませんが、インターハイや国民スポーツ大会に出られるような選手になり、3位入賞ができるように頑張りたいと思います」
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■60kg級・鈴木真吾(インターハイ県予選は通過できず)「ラグビーをやっていた小学校4年生のとき、タックルの練習のため東京の高田道場でレスリングを始めました。ラグビーの練習の一環でしたけど、楽しかったのでレスリングをやることにしました。強くはなかったので中学卒業でやめる可能性もありましたけど、楽しいから続けたいという気持ちもありました。大東高校から話しがあり、クラブの先生の勧めもあって島根に来ました。
監督・コーチも自分に合わせて指導してくれ、チームのみんなも親切にしてくれるので、楽しいです。インターハイ予選はダメでしたけど、次はいい成績を残し、積み重ねて全国大会に出られるようにしたい」