(文=布施鋼治)
「やっと全日本で優勝することができ、一安心しています」
屶網さら(KeePer技研)との2025年世界選手権の代表選考プレーオフを制し、世界選手権の出場切符を手にした女子57㎏級のニューヒロインは安堵の表情を浮かべた。6月22日、東京体育館で行なわれた明治杯全日本選抜選手権最終日。同級で優勝するとともに、プレーオフも勝ち抜いたのは德原姫花(自衛隊)だった。
2019年のこの大会から5年以上、59㎏級を主戦場にしてきた。2023年全日本選手権、昨年のこの大会、U23世界選手権、全日本選手権では、いずれも3位に入賞している。過去、全日本選手権で準優勝したこともあるが(2021年=決勝の相手は屶網さら)、どうしても優勝することはできなかった。
德原は59㎏級の世界選手権で優勝して、それからオリンピック階級に転向という青写真を描いていたが、軌道修正せざるをえなかった。「あまりにも59㎏級で勝てなかったので、(当初の計画を前倒しする形で)57㎏級でやろうと思いました」
この階級は、パリ・オリンピック53㎏級で金メダルを獲得した藤波朱理(日体大)が階級アップを宣言したばかりだが、57㎏級の体をきちんと作るため今大会への出場は見送った。パリの57㎏で優勝した櫻井つぐみ(育英大助手)も地元・高知大大学院に進学するなど多忙のため、まだ第一線に復帰するめどは立っていない。
そうした中、今大会では昨年の全日本選手権で優勝した屶網(前述)、屶網と同選手権の決勝を争った新井一花(育英大)、そしてアジア選手権や全日本選手権での優勝経験のある南條早映(自衛隊)の争いになると予想されていた。
しかし德原は準決勝で屶網を3-1で撃破。その勢いで、決勝では同門の南條を相手にシーソーゲームを6-5で振り切り、明治杯初優勝を果たした。「フィジカルでは全然負けていないと思ったので、体重調整がうまくできたらいけるかなと感じていました」
圧巻だったのは南條戦で見せたバック投げだ。筆者が記憶する日本の女子レスラーが決めた投げ技としては、パリ・オリンピック女子62㎏級準決勝で元木咲良(育英大助手)が見せた反り投げ以来の衝撃だった。「自分の持ち味はパワーがあるところ。そのパワーを使って、決勝でも見せたような大技をこれからも出していければいいなと思っています」
プレーオフでは屶網との再戦に臨んだ。第2ピリオド、1-1から德原はテークダウンから得点を重ね、6-1のスコアでキャリアに勝る屶網を返り討ちにした。
「プレーオフは決勝で勝っている勢いで行ってしまおう、と思いました。なので、アップもそこそこで挑むことができてよかったです」
德原は、躍進する高知レスリング界の活動の拠点のひとつである高知東高校の出身。全高知の合同練習では櫻井つぐみの父・優史さんの指導を受けたこともあるという。パリ・オリンピックで一躍知名度を高めた同郷の櫻井に続き、世界でも有名な“はちきん”(土佐弁で「負けん気の強い女性」という意味)になれるか。