「この優勝を大澤(友博)先生に届けたい。(2月の)関東予選で優勝したあとLINEしたら、『よくやった』と返ってきたんです。とてもうれしく、励みになりました。今回も報告したい」。
2025年風間杯全国高校選抜大会・学校対抗戦の決勝のあと。インタビューで、そう話した最中、こらえきれずに大粒の涙がほほを伝わり、声が途切れ途切れになった。
負けた日体大柏(千葉)の監督のことではない。勝った文大杉並(東京)の成國晶子総監督だ。ラインを返したのは大澤夫人。亡くなったあともスマホを解約せず、夫に来るLINEにきちんと返信しているそうだ。「よくやった」のあと、「喜んでいると思います。これからも指導者としてご活躍ください。それが大澤の願いだと思います」という言葉が続いたという。
レスリング界の指導者にとって、昨年9月に亡くなった大澤友博氏(茨城・霞ヶ浦高~千葉・日体大柏高監督で団体戦優勝52回=全国高校選抜大会24回、インターハイ28回=関連記事)は“神様”と言える存在。成國総監督は、その偉業を目標に、いや「大澤先生に勝つことを目標に」(本人談)、選手の育成に情熱を注いできた。
最初に手がけた「ゴールドキッズ」は、全国少年少女選手権の団体戦表彰(2008年以降は実施せず)で、2007年に前年まで6年連続20度の優勝を誇った吹田市民教室(大阪)を退けて初優勝。同クラブ以外は静岡(焼津リトル)のみが獲得していた覇権を、初めて東京にもたらした。大澤監督に一歩近づいた瞬間だ。
その後、選手の受け皿として文大杉並高校にレスリング部を作ってもらい(当初は愛好会。同好会を経て正式な部へ)、偉業を目指してきた。専用の練習場はなく、週2回、剣道部の武道場にスペースを確保して練習し、それ以外はゴールドキッズの道場が練習場。キッズ教室なら十分なスペースだろうが、高校生の練習場としては決して広くはない。今大会に出場しているチームの練習場としては最小のスペースかもしれない。
合宿所があるわけではなく、文武両道の学校で朝の補習授業もある関係で、朝練習はやっていない。それでも、総監督と選手の情熱で実力を伸ばしてきた。高校の監督がキッズ教室も運営し、有力選手を自分の高校で引き受けて指導を続ける例は珍しくないだろうが、そんな選手が7人(4月から4人が加入)もいるのは、極めて稀だろう。
レスリングの楽しさと、勝つことの喜びを選手に持たせたことが、マットに引き止めておけた要因。クラブ出身選手に、2013年インターハイで1年生王者に輝いた長男・成國大志(現外部コーチ=2022年世界王者)ほか高校で実績を残していた選手が数多くいたことも、選手が小さな頃から「インターハイで優勝したい」という明確な目標を持ち、レスリングを続けた一因であることは言うまでもない。
昨年は関東予選の1回戦で日体大柏に敗れ、全国大会の出場はならなかった。結果として、初出場初優勝の快挙達成のためには、この黒星がよかったことになる。キッズ時代からの強豪選手をそろえたチームとはいえ、昨年の戦力では、全国優勝は厳しかっただろうからだ。
今年2月の関東予選で優勝。関東を制すれば実力は全国のトップレベル。全国優勝が視野に入ったと思われたが、拓大への出げいこで近畿王者の大体大浪商(大阪)と練習する機会があり、「実力差を感じた」。壁の厚さを思い知らされ、成國総監督は「正直なところ、今大会は無理かな…。インターハイで勝てばいい」と、数ヶ月先を見据えた強化を目指したという。
だが、選手のこの大会にかける思いは強かった。大体大浪商と準々決勝で激突。チームスコア1-2、2-3と追う展開となったが、80kg級で相手の選手が計量失格したことが追い風となり、最後の125kg級で中学時代は全国王者のなかった鈴木承太郎が勝利。難関を乗り切った。
「どの選手も減量がうまくいっていたこともあるけど、一番は意識の高さでしたね」と成國総監督。
準決勝で京都八幡(京都)を破ったあと、決勝の相手は日体大柏。亡き大澤監督へ朗報を届けたい思いは、同校の丸山蒼生監督の方が強いかもしれない。しかし、同校が重量2階級を欠いていることと、関東予選の準決勝で勝った自信は大きい。
関東予選は51kg級の椎名遥玖が昨年のインターハイ王者の大井喜一(グレコローマンのJOC杯&国民スポーツ大会でも優勝)にフォール勝ちする好スタートを切り、チームスコア4-3で勝った。この大会でリベンジされれば、チームの勝敗が変わる可能性はあったが、椎名が今回もうまくエビ固めを決めてフォール勝ちの殊勲。65kg級の大黒柱、安威永太郎が着実に勝ち、この時点で優勝を決めた。
部員は7人だが、喜びにあふれた選手のパワーは成國総監督の体を宙に上げるには十分。女性のセコンドが何人も見られるようになった昨今だが、胴上げを受ける女性指導者は大会初。大澤監督が何度も経験し、何度もながめた体育館の天井を、しっかりと体と目に刻み、これからは近づくための闘いが始まる。
4月から中学の全国王者2人が加わり、インターハイへ向けて、階級によっては2選手を交互に使うことができるが、それは日体大柏も同じこと。同じ東京の自由ヶ丘学園にも強豪新人が加わる。インターハイは東京都から1校のみの出場なので、「都予選から気が抜けません」という言葉は、まごうことのない本心だろう。
「初出場初優勝」「初の女性総監督チームの優勝」の快挙のほか、「恒常的なレスリング場のないチーム」「朝練習をやっていない(できない)チーム」など、常識にとらわれずに全国一を達成したチームが、夏はどんなドラマを見せてくれるか。