2025.01.30

【特集】成人式を迎えるダウン症の人の「わくわくレスリング教室」、待たれる大会の再開(下)

《「上」から続く》

 「わくわくレスリング教室」を運営する太田拓弥代表は、ラグビーのチームからタックルの指導を頼まれたりもしているが、「レスリングは間違いなく一番きついスポーツです。6分間の中に、闘いのすべての要素が含まれています」と話し、レスリングの魅力をいろんな人に知ってもらいたい気持ちを話す。多くの人にレスリングの素晴らしさを知ってほしいという思いが、ダウン症の人へのレスリングの啓蒙につながっているという。

▲ワセダクラブのビギナー選手とともに練習する「わくわく教室」

 一方で、早大のコーチ契約を終えたとき、後を継ぐコーチがいなかったこともあって「終わりにしようか」という気持ちもあったそうだ。だが、選手の家族から「続けてほしい」という強い要望があった。その声が太田代表を後押しした。「選手の家族が集まって、大きな家族をつくっています」と、この団結心をもって大きな勢いにしていきたいと話した。

町田市の「ZELOS」でダウン症の人の教室をスタート

 1月18日にダウン症の人の練習を始めた「ZELOS」は、2022年にスタートした3年目のクラブ。支援者から提供を受けた常設レスリング場を持つ。岩崎襟代表夫・裕樹さんが中学の特別支援学級の担任をやっていて、ふだんから障害があっても必死に生きている子への思いを聞いていた。昨年秋、同クラブの練習を見学させてもらい、「ダウン症の人が純粋にレスリングを楽しんでいたことに心を打たれた」と言う。

 オリンピックで銅メダルを取った太田代表が、そうした人に必死でレスリングを教えている姿にも感じるものがあった。「太田先生、保護者、選手が純粋な姿勢でレスリングに打ち込んでいることに感動しました」とも言う。「レスリングを広めたい」「自分の住んでいる町にもダウン症の人のレスリングを根付かせたい」という思いが、スタートのきっかけだった。

▲太田拓弥代表に刺激を受け、ダウン症の教室をスタートした「ZELOS」。右から2人目が岩崎襟代表、その右が夫・岩崎裕樹さん。左端が太田代表

 全国でも取り組んでみたいと思うクラブ代表はいるだろうが、けがが心配で取り組めない人もいるかもしれない。ダウン症の子の体力、特に頚椎(けいつい)は一般の子より弱いケースが多い。現在は、選手のけがに対して裁判に発展するケースも少なくないから、なおさらだ。

 岩崎代表も、ダウン症の子の指導にはこれまで以上に注意が必要なことを十分に承知。太田代表からいろいろ学び、けがをさせないために「気を引き締めていきます」と言う。この日、ダウン症の子と組み合ってみて力加減が分かった面もあったそうで、教える側も学ぶことの連続。やってこそ力加減が分かるのであり、やらないで尻込みしていてはなるまい。

あらゆる差別を認めないレスリング界を!

 支援学級の先生を務めている夫の裕樹さんは「根本はレスリングが好き、という気持ちからですね」と言う。障害のある人でも「レスリングを通じて体を強くし、心を強くしてくれたら、自分たちのやってきたことが生きてくる」との思いで太田代表のクラブを訪ね、トントン拍子に月1回の教室がスタートした。

▲1月18日の初回の練習参加は3人。多くのダウン症の人に参加を呼びかける予定

 世界のスポーツ界・競技団体は、あらゆる差別を認めない方向へ動いている。国際オリンピック委員会(IOC)は、かつて黒人差別(アパルトヘイト)をしていた南アフリカを閉め出していた。女性のスポーツ参加を認めない国を排除する方針を示し、いくつかの国が女性に門戸を開放。男女平等の理念を貫いてパリ・オリンピックでは初めて男女同数の大会を実現した。別の組織だった国際パラリンピック委員会(IPC)とは、現在、強固な協力関係を築いている。

 国際サッカー連盟(FIFA)は「人種差別主義及び人種差別撲滅に関する決議」を採択。Jリーグはその精神にのっとり、観客が外国人選手や応援団に対する差別的行為を行ったチームに処分を下したことが何度かある。

 スポーツは、人種・国籍・性別・障害の有無にかかわらず、だれもが楽しめる世界でなければならない。レスリング界も、身体障がいや知的障がいの人への差別や偏見を断じて許さない世界にしていくべきだ。そのためには、小さな頃からダウン症の子と身近に接し、偏見を持つことなく同志としての意識を持ち、励まし合うことが必要。太田代表や岩崎代表の情熱が、全国へ届くことを願わずにはいられない。

(文=編集長・樋口郁夫)

▲ここでもジーク・ジョーンズ流のアンクルホールドを伝授する太田代表

▲指導されたアンクルホールドを、さっそくスパーリングで試す選手

▲体力づくり

▲練習風景