※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
高校レスリング界の体罰について話す中根和広・専門部理事長
全国高校体育連盟(高体連)レスリング専門部(以下「専門部」と表記)の中根和広理事長(東京・日本工大駒場高教)に、高校レスリング界の体罰への取り組みについて聞いた。(聞き手=樋口郁夫)
※高校レスリング界の体罰についてのご意見をお待ちします。読者の意見として、専門部へ渡します。感情的なもの、意見や主張のないもの、個人攻撃等、ふさわしくないと判断したものは、この限りではありません。匿名でもかまいませんが、匿名をいいことに無責任な意見も同様です。
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――高校運動部の指導者による体罰が社会問題化しています。レスリングでも、京都・網野高校で体罰があったことが明らかになりました。週刊誌の記事が発端で、すぐに新聞とテレビが「疑いがある」と報じたわけですが、この事件は、どうやってお知りになりましたか?
中根 専門部の藤本賢一審判委員長(奈良・二階堂高教)から「テレビで流れている」と電話があり、そのあと新聞で知りました。近畿在住の藤本委員長は「すぐ調査します」と言ってくれました。斎藤修副理事長にも連絡し、調査をお願いしました。
1月30日、京都・網野高レスリング部で体罰があった疑いが浮上。同校が全校生徒480人に対してのアンケート調査を行い、2月4日、監督が2004年以降、膝蹴りや平手打ちなど計7件の体罰を行っていたことが確認されたと発表した。現在は京都府教育委員会による調査が行われている。
産経新聞は「体罰の背景にはレスリングの練習の取り組み姿勢以外に、文化祭での生徒のふまじめな態度や携帯電話の無断使用などへの指導目的があったとし、体罰を受けた生徒は『指導の一環で、自分は体罰を受けたとは思っていない』と話しているという」と報じている。 |
――報道される以前に、保護者からの訴えなどはなかったのでしょうか。
中根 ありませんでした。網野高校の監督は非常に熱心だということは聞いていましたし、練習についていけずに辞める選手がいるという話も聞きましたが、体罰や暴力の情報はなかったです。
――訴えがない限り、専門部としては動きようがないわけですね。
中根 そうですね。これまで、会場でのごみに関することなどのマナーの徹底は監督会議の度に伝えていましたが、体罰は問題になったことがなく、特に通達はしていなかったです。
――網野高校は顧問の先生(監督)を自宅謹慎にし、京都府の調査があらためて行われているわけですが、専門部がクラブや監督に別に処分を下すことはあるのでしょうか。
中根 学内で起きた問題に関しては、その学校で適切な処分をしていただくのが基本です。常識的な処分と指導である限り、専門部として加えて処分することはないでしょう。もちろん、報告はきちんとしてもらおうと思っていますし、日本協会の理事会ででも報告する予定です。今回のケースで、専門部として独自に処分するかどうかは、報告があってから考えたいと思います。
■高体連から体罰禁止徹底の通達
――最近の高校レスリング界では、愛知県でいじめ事件があり、山形県でも部員間の暴力が原因で全国大会の出場辞退というケースがあったように記憶しています。
中根 愛知県の場合、顧問と県の責任者とが上京し、報告がありました。山形県からも報告は受けました。学内で処分を受けていたので、専門部としてそれに上乗せして処分することはありませんでした。専門部のきまりとして、喫煙のような新聞に載らない非行はともかく、新聞に載るような大きな非行、事件があった場合は報告するように指導しています。
――これからも、不祥事があった場合は、基本はその学校の処分を尊重するという姿勢でしょうか。
中根 そうなるでしょう。基本的には学校・教育委員会等の決定を尊重します。
――高校の体罰が問題化する発端となった桜宮高校の事件のあと、レスリング専門部も動いたとお聞きしていますが。
中根 全国高校体育連盟からすべての専門部(競技)に対して書面で体罰禁止徹底の通達があり、それを各都道府県の責任者に流して、さらに各高校の顧問に伝えてもらいました。社会の中で、「レスリングあるいはスポーツはレベルが低いんだ」とみなされることはあってはならない。スポーツはやる選手に幸せを呼び込むものであり、人間性を養い、社会に貢献できるものであるはずだと思っています。
――高校の運動部の不祥事への対応というと、全国高校野球連盟(高野連)は厳格ですよね。喫煙といった比較的な軽い非行であっても、学校の処分とは別に何ヶ月間かの活動停止を課したり、それをマスコミ発表しています。高校が非行事実を報告せず隠ぺいした時は重い処分が下ります。このあたりのき然さは社会にアピールするために必要なことだと思います。社会、あるいはマスコミが一番嫌うのは隠ぺいです。
中根 高野連は高体連とは別組織です。私たちは高体連の方針のもとに行動するべきであり、専門部として独自に行動するべきではありません。部活動は学校の日々の教育活動の一環として行われているものです。高野連については、学ぶべきこと、取り入れるべきことがあれば、取り入れていく必要はあると思います。
■線引きが難しい体罰とハードトレーニング
――格闘技の場合、どこまでが体罰なのか線引きが難しい。殴打するのは問答無用で体罰だとしても、強烈に押さえこむことはどうなのか、長時間のスパーリングはどうかのか、といった問題が出てきます。
中根 本当に難しい。やられる側が体罰と感じたら、体罰と言わざるをえないでしょう。文部科学省の指導でも身体的・精神的苦痛があれば体罰と定義されています。
――そうなってくると、高校の監督は選手を厳しくしごけなくなってしまいます。
中根 若い監督の場合、選手と一緒に練習できるわけで、猛練習と体罰・しごきの区別は指導者の良心と常識にまかせるしかない。スパーリングは試合のような形では終わらないのが普通で、両肩がマットについても「逃げろ!」と言って長々と押さえこむことは、練習としてありえる。「度がすぎてはならない」としか言えない。試合で勝つための練習なら必要以上に押さえこむことはない。試合に勝つための練習なのか、そうでないかが、猛練習と体罰の区分のような気がします。
――格闘技の世界には、時に手のつけられない荒くれ者が入部してきたり、親などから「更生させてほしい」として預けられる場合がある。その中には更生してインターハイ王者に輝いた選手もいますが、その過程に必ずと言っていいほど鉄拳制裁があったはずです。平手打ちの一発もできない状況で、不良少年を更生できるものでしょうか。極真空手の師範で何人もの不良少年を内弟子として預かって更生させた人に話を聞いたことがあるのですが、「今度やったらタダじゃおかんぞ!」という姿勢を本気で見せなければ言うことを聞いてくれないそうです。「馬の耳に念仏」では意味がないわけで、「そのためにも鉄拳が必要だ」と言っていました。
中根 レスリングによって更生したという話は何度か聞いています。卒業する時に、「ありがとうございました」と言ってもらえるようなら立派な社会貢献です。
■指導者は、指導者にふさわしい行動を
――体罰と訴えられた監督がいたとして、専門部の調査により、必要な鉄拳であって本人も保護者も「当然です」と納得しているケースなら、専門部がその監督の正当性をアピールして守ってやる…、教育機関である以上、できないのでしょうか。
中根 意見を求められれば言うと思いますが、その場にいない限り、「体罰ではない」とは言えないでしょう。指導者一人ひとりが、指導者としてふさわしい振る舞いをしてほしい、ということしか言えません。暴力、体罰はいけないけど、生徒に対してき然とした姿勢をなくしてしまってはならないでしょう。
――しばらくの間、高校スポーツ界は揺れてしまい、確固たる指針が示せない状況となりそうですね。
中根 一生懸命にやってきた指導者や選手を強くしてきた指導者にためらいが出てしまうと、これまでのような成果が出せなくなり、弱体化していくことも予想されます。そうなってしまうと残念ですね。繰り返しになりますが、指導者には指導者にふさわしい行動をしてほしい。そのため、専門部では試合会場での服装などの徹底しています。以前は短パン、Tシャツ、サンダル履きでセコンドについていた監督もいましたが、今はそんなことは認めない。監督会議にはネクタイ着用を義務付けています。会場のごみの問題もそうです。保護者や一般の人に「レスリングはすばらしいスポーツだ」と認めてもらえるような行動を、まず指導者が心がけてほしい。それによってレスリングが見直されていくと思います。