※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治)
頭にはヘッドギア、髪の毛は金髪。明らかに他の選手と趣を異にするファイト・スタイル。2024年天皇杯全日本選手権・最終日(22日)、異色の日本チャンピオンが誕生した。男子フリースタイル57㎏級を制した坂本輪(CWC)だ。
昨年6月には、高校生として臨んだ明治杯全日本選抜選手権61kg級で初優勝を遂げているので、これで2つの“全日本”を制したことになる。とはいえ、当の坂本は「あまり満足していない」と納得していない様子だった。
「(自分の力を)出し切れなかった。展開がなくて、(全体的に)すごくつまらない試合をしてしまった」
インタビュー中、一度も微笑をこぼすこともなかった。なぜか。それは理想とする自分のレスリングを高いところに設定しているからだろう。現在の坂本の練習拠点は米国のオクラホマ州立大学。25年1月中旬からは正式に入学できる見通しだ。
同大学は、オリンピック2連覇(1964年東京・1968年メキシコ)で全米大学(NCAA)3度優勝の上武洋次郎氏(現姓小幡)や、NCAA2度優勝で全米コーチを数多く務めた八田忠朗氏が活動していた大学。米国史上最高のレスラーとの評判のジョン・スミス(1988・92年オリンピック2連覇)もいた伝統大学だ。
「4ヶ月ほど前から向こうで練習しています。メインコーチというわけではないけど、(2021年東京オリンピック金メダリストの)デービッド・テーラーさんの指導を受けています。テーラーさんからは『フォークスタイルのルールと動きを早く覚えろ』と言われています」
フォークスタイルとは「カレッジスタイル」「NCAA(全米大学)レスリング」とも呼ばれ、米国で独自の発展を遂げたレスリングのひとつ。フォールか、ポイント(倒したら2ポイント、立ち上がったら1ポイント)で決着がつくなど、通常のフリースタイルとはちょっと違う。
坂本がヘッドギアをつけていたのは、それがフォークスタイルの正装であるからにほかならない。闘いのリズムもフォークスタイルの流儀を前面に出したものだったので、他の選手との違いが明確に現れたのだろう。
「アメリカではずっとフォークスタイルの練習しかしてこなかったので、フリースタイルに合わせるのが難しかった。案の定、試合中、何回か主審から指摘を受けたので、今後はもうちょっと(フリースタイルの試合にもアジャストできるように)調整していきたい。どっちのスタイルにも適応できたら、と思っています」
坂本がアメリカに留学するきっかけは何だったのか。「小さい頃、アメリカに連れて行ってもらったんですよ。こっち(日本)で受ける刺激と向こうのそれは全然違う。自分は結構、飽き性なところがあるので、新しい刺激を求めて場所を移動したいというのもありました。本当に感覚で決めました」
このところ、日本のレスラーが米国に留学するケースが目立つ。坂本の姉・坂本由宇もその一人で、弟が留学する決意を固めたことで自分も米国でレスリングをすることを選択したという。現在はミシガン州でレスリングに打ち込んでいる。
「便りがないのは元気な証拠」という西洋発の故事成語ではないが、「全く話をしていない」とか。そう前置きしたうえで、「カレッジ・レスリングのランキングで1位になったみたい。自分より先に向こうで活躍していますね」と姉の近況を口にした。
坂本姉弟は日本の選手に新しい選択肢を提示したともいえる。弟の方は今後の明確なビジョンを頭に描く。「直近の2年間はフォークスタイルを中心に活動して、NCAAのチャンピオンになりたい」と言う。実現すれば、日本人としては1996年大会の阿部三子郎(ペンシルベニア州立大)以来となる。
一方、来春開催予定でU20世界選手権予選となるJOCジュニアオリンピックへの出場も口にした。逆輸入レスラーとして、来年も独自の存在感を魅せることができるか。