※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治)
昨年12月に行われた2023年天皇杯全日本選手権で、筆者の目に焼きついて離れない光景がある。男子グレコローマン67㎏級決勝で、曽我部京太郎(ALSOK)に敗れた遠藤功章(東和エンジニアリング)は人目もはばらず日体大の松本慎吾監督の胸で号泣していたのだ。
曽我部と遠藤はともに日体大出身で、普段の練習から切磋琢磨しているライバル同士。どちらか一方がパリ・オリンピックへの出場切符をかけたアジア予選や世界予選に出場する権利を得れば、もう一方はその時点でパリを諦めなくてはならなかった。オリンピックスポーツならではの「負けたら、もうあとはない」というシビアな現実を如実に表す場面だった。
2人を指導する松本監督にとっては複雑な心境だったに違いない。あれから1年、遠藤が舞台も同じ天皇杯全日本選手権のマットに戻ってきた。決勝は、前日の大会初日にフリースタイルで優勝し、グレコローマンにも挑戦する同門の田南部魁星(日体大)との一騎討ち。遠藤は試合が進むにつれ専業の強さを見せつけ、8-0のテクニカルスペリオリティで勝利を収めた。
田南部は前日(19日)の男子フリースタイル65㎏級で優勝している。グレコローマンでも頂きを極めれば、吉田光雄(のちのプロレスラー、長州力)以来、51年ぶりとなる両スタイル優勝という快挙だったが、昨年のアジア大会王者の壁は高すぎた。
遠藤は「ぶっちゃけ、トーナメント表を見た時から自分が圧倒的に勝たなければダメだと思っていました」と振り返る。「決勝の相手が誰という問題ではなかった。フリースタイルだけではなく、グレコローマンも強い魁星のことはすごくリスペクトしています。ただ、闘うときにはひとりの選手なので、全力で闘うことが礼儀だと思っていました」
努力は怠っていない。今秋にはドイツに2ヶ月半ほど滞在し、週末に各地で行われ、ワンマッチ大会が続く「ブンデスリーガ」に参戦。毎週末にはマットに上がっていた。
「(パリ・オリンピックでの日本代表の活躍のせいか)現地では日本人レスラーへの期待が高かったので、最初の数試合は結構緊張しながら戦っていましたね」
ルールも階級も普段の大会とは違っていたので新鮮だった。「ブンデスリーガはお客さんに見せる要素が強くて、テクニカルスペリオリティも8点差ではなく、15点差だったりする。対戦相手も71㎏とか75㎏とか、ちょっと重い選手ともやらせてもらいました」
現地での通算戦績は12戦全勝。観客の熱狂度も異常に高かったこととも手伝い、ドイツ遠征は大きな収穫があった。
「選手も積極的にアピールするので、普段の大会とはまた違ったプロリーグの空気を経験することができました」
全ては打倒・曽我部のために。話を聞いているうちに、遠藤の時計の針は昨年の全日本選手権で止まったままであることが分かった。ミックスゾーン(取材エリア)での遠藤は、現在の自分が曽我部と対峙したらどうなるかだけを考えているようだった。
「この大会に京太郎が出ないことは、ちょっと前に知りました。来年6月の明治杯には彼も戻ってくるでしょう。でも、今日の内容のままだと、去年の天皇杯と同じ結果を招くような気がする。これから半年は、ゼロからではないけど、死にもの狂いでやるしかない」
それまでは、曽我部よりレスリングと真摯に向き合い、曽我部よりたくさん練習してリベンジを果たす。今の遠藤はそれしか考えていない。時計の針は動き出すのか。