※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
山本聖子と正田絢子が世界チャンピオンに輝いて一時代をを築いた日本の女子59kg級。2008年に正田が世界一になったあと、メダルに手は届いても世界チャンピオンが途絶えてしまった。日本の伝統復活の期待を背負う若い力の代表格が伊藤彩香(至学館大)だ。
2009年にアジア・カデット選手権(インド)、昨年にアジア・ジュニア選手権(インドネシア)を制し、階段を一歩ずつ登ってきた。今年は4月にジュニアクイーンズカップで優勝。6月の全日本選抜選手権は島田佳代子(自衛隊)に敗れて2位に終わったものの、8月の全日本学生選手権で優勝。
全日本選手権に臨むにあたり、「今回は上の選手(島田佳代子、齊藤貴子)が出ないので、絶対に取らなければ、という気持ちです」と燃えている。
今年8月、前年の世界ジュニア・チャンピオンを破って全日本学生選手権で優勝。燃えていたが…
本来なら「世界ジュニア・チャンピオン」の肩書を持って臨むはずの大会だった。ジュニアクイーンズカップで勝ったことによって9月の世界ジュニア選手権(タイ)への出場を決めていたが、直前にマイコプラズマ肺炎に襲われ無念の断念。代わって出場した55kg級の浜田千穂(日体大)が優勝。自身が出ても優勝した可能性は高かった。
「(出場すれば)世界と名のつく大会は初めて。アジアで勝っていて、いよいよ世界だ、という時でしたのでショックは大きかったです」。急きょ出場することになった1階級下の選手が優勝しただけに、悔しさもあった。
マイコプラズマ肺炎というのは飛沫感染(空気中に飛散した患者のせき,くしゃみ等から感染すること)によることが多く、気道に弱点がない健康な若者にも発症するという特徴がある。とはいえ、チャンピオンを目指す選手にとっては体調管理も重要な要素。この経験と悔しさを今後に生かさねばなるまい。
■「どうせやるなら、一番強いところがいい」
出身は三重・四日市ジュニア教室。いとこがやっていたことで、弟と一緒に小学校1年生の時から取り組んだ。同クラブは、全国少年少女選手権で毎年のように最多の選手数が出場するクラブ。チャンピオンに輝く選手も多いが、小学校でレスリングをやめる選手も多く、出身選手で世界に飛び出すような選手がいなかったのが現状。神戸昭仁コーチは「小学生で燃え尽きて、辞めてしまう子が多い」と分析。その克服に挑んでいるクラブだ(クリック)。
全日本初優勝を目指して練習する伊藤
四日市ジュニア教室以上の“キッズの雄”に、大阪・吹田市民教室があるが、「吹田と聞いただけで、この子強いんだ」と思ってしまう選手だったという。弱気になってしまうことは褒められたことではないが、精神的に自分を追い詰めなかったことが、燃え尽きることもなく大学までレスリングを続ける要因だったのかもしれない。
もっとも、至学館高校を選んだのは「どうせやるなら、一番強いところがいい」という理由からで、心の底ではトップ志向も強かったようだ。
■負けた相手に次々とリベンジ
世界最強の軍団に身を投じたことで、実力は急激にアップする。浜田には階級が同じだった2009年(高校2年生)にリベンジを完了済み。今回の全日本選手権で最大のライバルと目される2学年下の坂野結衣(吹田市民教室~東京・安部学院高)には、2010年のJOC杯カデットで負けているが、今年のジュニアクイーンズカップで雪辱した。
4月のジュニアクイーンズカップで坂野を破って優勝した伊藤
ライバルの坂野は2月のクリッパン女子国際大会(スウェーデン)と9月のゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)で優勝。シニアの国際舞台でも通じる実力をつけ、勢いがある。伊藤の坂野評は「粘り強く、相手の脚を取ったらなかなか離さない。飛行機投げとかの高度な技も使う」。今年4月に勝ったとはいえ、クリンチがらみの1-0、1-0なので、今度の闘いはどうなるか分からない。
坂野の躍進に歩調を合わせたわけではないだろうが、2012年生まれの赤ちゃんの名前の人気ランキング女子1位が「結衣」だった(明治安田生命保険調べ)。「結衣」が女子59kg級でも1位を奪取するか。伊藤は「絶対に(私が)世界選手権に行きます」と語気を強め、“結衣時代”の到来を阻止する。