※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治 / 撮影=矢吹建夫)
「決勝でリベンジできてよかった」
2023年全日本選手権・第2日(12月22日)。女子55㎏級決勝で世界チャンピオンの奥野春菜(自衛隊)を下した清岡もえ(育英大)は、安堵の表情を浮かべた。
今年7月の世界選手権代表決定プレーオフでは、奥野に辛酸をなめさせられ、セルビアのマットに立つことができなかったのだから無理もない。「プレーオフのときは、絶対に奥野選手に勝って世界選手権に出る、という気持ちでいました。それが悔しすぎて…」
その世界選手権には、若手選手の現地合宿で足を運び、57kg級代表の櫻井つぐみ(育英大)らの練習相手も務めた。世界に触れることで大きな刺激を受ける一方で、複雑な心境にもなった。
「本来なら自分が代表として行く予定だった。でも、その場に自分は選手としているわけではない。アップ場では櫻井さんのサポートをしていたけど、『なぜ自分はこっちなんだろう』とずっと思っていました。現地のホテルでは毎晩泣きそうになっていました」
世界選手権の1ヶ月前、ヨルダンで開催されたU20世界選手権では、準決勝でルーマニア選手のカウンター技で逆転フォール負けを喫し、3位に終わった。
「U20で少しでもプレーオフの悔しさを晴らせたらいい、と思っていました。でも、自分に甘さがあって、すきをつかれる形でやられてしまいました」
失意のどん底にあえぐ清岡に、こんなアドバイスをしてくれる人がいた。
「負けたのがオリンピック予選や、それに関わる全日本でなくてよかった。この経験をどういかしていくかが大事」
ハッと気付かされる思いがした。清岡は「もう絶対にこんな悔しい思いはしたくない」と心に誓い、日々の練習で自分の悪い点や修正すべき点を入念に再確認するようになった。
「今回の優勝は、毎日こつこつと、ひとつずつ課題を克服していき、努力してきた成果だと思います」
その言葉は決してオーバーではない。プレーオフのときと比べると、清岡は格段の成長を見せた。プレーオフでは、第1ピリオドに片足タックルからバックを奪い2点を先制したが、第2ピリオド開始早々にローシングルから片足を持ち上げられる形で崩され、2点を許してしまう。その後、追加得点を狙うも、奥野を崩し切れず涙を呑んだ。
今回は第1ピリオドにアクティビティタイムで1点を先制されたものの、第2ピリオド開始早々、奥野の片足タックルを切り返す形でバックを奪って2-1と逆転。アクティビティタイムで1点を加え、試合終了間際には奥野のタックル返しの途中で身体を浴びせ、2点を追加して、5-1のスコアで完勝した。
前回の反省から相手の対策を十分に練っていたのだろう。奥野の再三に渡るタックルはことごとく切っていた。
後半、奥野の反撃を落ち着いて対処していたことを告げられると、清岡は素直にうなずいた。「自分は前半より後半にかけるスタイル。第1ピリオドで1点負けていたけど、絶対取り返せると信じていたら、体が自然に動いて点数につながった。プレーオフと同じ失敗だけはしたくなかった」
翌日、男子フリースタイル65㎏級の兄・清岡幸大郎(日体大)が準決勝で乙黒拓斗(自衛隊)を破り、最終日に優勝を決めて来年春のオリンピック予選に挑む権利を得た。女子55㎏級は非オリンピック階級なのでパリに絡むことはない。清岡は5年後のロサンゼルス・オリンピックを視野に入れていた。
「ロスまでに階級区分の変更があるかもしれないので、階級はそれに合わせて考えていきたい。来年の明治杯でも優勝して、今年出られなかった世界選手権には絶対出たい(注=2024年は、現段階で世界選手権は予定されていません)」
櫻井つぐみ、元木咲良、石井亜海に続く育英大の第4のキーマンとして台頭するか。