※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
派手なパフォーマンスはなかったが、自身の優勝とチームの優勝を決め、ホッとした表情の木下
「自分の優勝がチームの優勝につながったのでうれしいです」と木下。1階級でも落とせば優勝を逃す状況は、当然耳に入っていた。「プレッシャーはありました」と言うが、「自分のやってきたこと信じ、やってきたことを出せれば大丈夫だと言い聞かせてきました」と気持ちを奮い立たせての決勝のマットだった。
相手は、最近の高校レスリング界で台風の目だった沖縄・浦添工高出身の赤嶺希(青山学院大)。第1ピリオドのグラウンド攻撃を取り、第2ピリオドの防御を守り切るというグレコローマンの“快勝パターン”で勝利。けが人が多く劣勢を伝えられた拓大に優勝をもたらした。
■1回戦の苦戦が、けがの功名へ
最大の勝負だったのは、優勝候補の筆頭だった学生王者の大坂昂(早大)との2回戦だろう。2-0(1-0,1-0)の辛勝だったが、この勝利で早大の勢いを止めた。もし大坂が優勝して木下が3位なら、優勝は早大にいっていただけに、値千金の勝利だったと言える。
木下は8月の全日本学生選手権のフリースタイルのチャンピオンで、ふだんの練習はフリースタイルだが、昨年のこの大会で2位に入るなど、グレコローマンもこなす選手。この大会に備えて、最近はグレコローマンの練習に集中し、グラウンド対策にも力を入れてきたという。
それでも、6月の全日本選抜選手権と8月の全日本学生選手権を連続優勝したグレコローマンが“本職”の大坂が相手では、大坂に分があると考えるのが普通だ。しかし、木下には思わぬことがプラスに作用した。1回戦で必要以上に緊張して1ピリオドを取られてしまったことが、“けがの功名”となり、勝利につながったという。
決勝で闘う木下
■宮澤正幸・OB会最高顧問が証言する人間的なすばらしさ
拓大の意地を示した殊勲の勝利を上げた木下に、「人間としても立派だから、いいことがやってくるんだろうね」と目を細めたのが、拓大レスリング部OB会の宮澤正幸最高顧問(日本協会・元広報委員長)。同氏は毎年秋、拓大への進学が決まった高校生に対し、国体などで撮影した写真を送っている。見返りを期待しているわけではなく、「期待しています」というあいさつを兼ねた慣例だ。
4年前の大分国体のあとにも、それを行った。すると富山・滑川高の選手で国体3位だった木下から、ていねいな礼状が届いたという。「初めてのことでした。人間的にもすばらしい選手だな、と思いました。大学に入ってからも、そうしたうわさを度々聞きました。人間としてのすばらしさが、選手としての成長につながっているのだと思います」と分析する。
卒業後は自衛隊でレスリングを続けることを希望している。拓大の先輩、磯川孝生(現徳山大職)がロンドン五輪出場で見せた重量級の意地を、ぜひとも引き継いでほしいものだ。