2012.10.20

【全日本大学グレコローマン選手権・特集】次代の重量級を支えられるか…96kg級・木下駿(拓大)

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

(文=樋口郁夫)

派手なパフォーマンスはなかったが、自身の優勝とチームの優勝を決め、ホッとした表情の木下

 この日行われた3階級すべてで決勝進出を決めた拓大。3階級とも負ければ日体大が優勝、1階級でも優勝すれば拓大の優勝が決まるという状況。84kg級を落とした拓大だが、96kg級で木下駿が勝ち、120kg級を待たずに2年ぶりの団体優勝を決めた。

 「自分の優勝がチームの優勝につながったのでうれしいです」と木下。1階級でも落とせば優勝を逃す状況は、当然耳に入っていた。「プレッシャーはありました」と言うが、「自分のやってきたこと信じ、やってきたことを出せれば大丈夫だと言い聞かせてきました」と気持ちを奮い立たせての決勝のマットだった。

 相手は、最近の高校レスリング界で台風の目だった沖縄・浦添工高出身の赤嶺希(青山学院大)。第1ピリオドのグラウンド攻撃を取り、第2ピリオドの防御を守り切るというグレコローマンの“快勝パターン”で勝利。けが人が多く劣勢を伝えられた拓大に優勝をもたらした。

■1回戦の苦戦が、けがの功名へ

 最大の勝負だったのは、優勝候補の筆頭だった学生王者の大坂昂(早大)との2回戦だろう。2-0(1-0,1-0)の辛勝だったが、この勝利で早大の勢いを止めた。もし大坂が優勝して木下が3位なら、優勝は早大にいっていただけに、値千金の勝利だったと言える。

 木下は8月の全日本学生選手権のフリースタイルのチャンピオンで、ふだんの練習はフリースタイルだが、昨年のこの大会で2位に入るなど、グレコローマンもこなす選手。この大会に備えて、最近はグレコローマンの練習に集中し、グラウンド対策にも力を入れてきたという。

 それでも、6月の全日本選抜選手権と8月の全日本学生選手権を連続優勝したグレコローマンが“本職”の大坂が相手では、大坂に分があると考えるのが普通だ。しかし、木下には思わぬことがプラスに作用した。1回戦で必要以上に緊張して1ピリオドを取られてしまったことが、“けがの功名”となり、勝利につながったという。

決勝で闘う木下

 「明らかに格下と思える相手でしたけど、決まってもいないローリングで回ってしまって第1ピリオドを落としてしまいました。結局、3ピリオドまで闘うことになりまして…。でも、そこでたっぷり汗をかいたことで、大坂と闘う時は楽な気持ちでできました」。初戦でエンジンを全開にしたことが余計な緊張を吹き飛ばしてくれ、最大の難敵を下す原動力となったようだ。

■宮澤正幸・OB会最高顧問が証言する人間的なすばらしさ

 拓大の意地を示した殊勲の勝利を上げた木下に、「人間としても立派だから、いいことがやってくるんだろうね」と目を細めたのが、拓大レスリング部OB会の宮澤正幸最高顧問(日本協会・元広報委員長)。同氏は毎年秋、拓大への進学が決まった高校生に対し、国体などで撮影した写真を送っている。見返りを期待しているわけではなく、「期待しています」というあいさつを兼ねた慣例だ。

 4年前の大分国体のあとにも、それを行った。すると富山・滑川高の選手で国体3位だった木下から、ていねいな礼状が届いたという。「初めてのことでした。人間的にもすばらしい選手だな、と思いました。大学に入ってからも、そうしたうわさを度々聞きました。人間としてのすばらしさが、選手としての成長につながっているのだと思います」と分析する。

 卒業後は自衛隊でレスリングを続けることを希望している。拓大の先輩、磯川孝生(現徳山大職)がロンドン五輪出場で見せた重量級の意地を、ぜひとも引き継いでほしいものだ。