※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=布施鋼治)
「世界選手権とアジア大会を制して、最高の誕生日を迎えたい」-。
11月11日に20歳の誕生日を迎える女子53㎏級の藤波朱理(日体大)が8月29日、三重県いなべ市の員弁(いなべ)運動公園体育館で、全日本チームとは別に公開練習を行なった。2年ぶりの世界選手権出場で、2度目の優勝が期待されているが、1年前、彼女の周りには暗雲が立ち込めていた。
9月中旬の世界選手権(セルビア)の直前に左足の甲(リスフラン靱帯)を負傷し、同選手権の欠場を余儀なくされた。その後、左ひざの蜂窩織炎(ほうかしきえん)にもかかり、10月のU23世界選手権(スペイン)もキャンセルせざるをえなくなった。
藤波は「去年は、本当に悔しい思いをした」と振り返る。「その思いを絶対無駄にしないようにする。今はまだ追い込みの時期だけど、練習前にはしっかりとストレッチをするなど体のケアをしつつ、集中してやるようにしています」
なぜケガをしてしまったかについても言及した。
「去年は、身体の声を無視して、『追い込めばいい』という気持ちが大きくなってしまい、けがしてしまったところがあります。今も追い込みはしているけど、しっかりと身体の声を聞くようにしています」
今回の地元での調整は1週間。練習が終わると、母・千夏さんの手料理で体重調整に努めた。「本当は肉じゃがとかを食べたいけれど、ワカメなど具材がたくさん入った赤だしの味噌汁がすごく美味しい」
地元での練習の相手は、母校・いなべ総合学園高レスリング部の男子の後輩であり、ちょうどいなべに長期滞在中だった韓国の実業団チームとも一緒に汗を流した。「(後輩は)自分より階級が下の子が多かったけど、元気があるので、それに負けないようにしています。いい練習や技の確認ができたと思います」
練習場に冷房設備はなく、練習開始当初の館内は蒸し風呂と思えるほど湿度が高かった。練習を見ているだけでも汗がしたたり落ちたほどだ。藤波は、そういう環境で調整することも大事だと思い、今回、自ら地元での合宿を志願したという。
「東京に戻って冷房設備のある施設で練習すると、すごく楽に感じる。こういう環境でやることはすごくきついけど、それを求めてやってきた感じです」
世界レスリング連盟(UWW)のホームページで、藤波は「ワンダーガール」と紹介されている。国内だけではなく海外からも注目を集めている。当然、他国からのマークは厳しくなることが予想されるが、藤波は覚悟を感じさせる口調で「優勝する」と宣言した。
「今の一番の目標は、パリ・オリンピックで金メダルを取ること。世界選手権で出場枠を取るのではない。世界で一番になってウィニングランをしたい」
闘ってみたい相手を問うと、藤波は東京オリンピックの女子53㎏級で向田真優(現姓・志土地=ジェイテクト)と決勝を争ったパン・キアンユ(龐倩玉=中国)の名を挙げた。
「今まで一度も中国の選手と闘ったことがなくて…。闘ったときのシミュレーションもしています。プレッシャーがない、ことはないけど、海外の試合は大会演出も違うし、ワクワクしています」
流した汗は、うそはつかない。世界選手権の開催地であるセルビアの首都ベオグラードでは、「いなべでの苦しい追い込みがあったから優勝できた」と微笑むことができるか。