※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
2023年全日本学生選手権の男子グレコロ―マンで、九州共立大から55kg級の荒木瑞生、67kg級の長野壮志の2選手が勝ち、西日本の大学として初めて同一スタイルでの2階級制覇を達成した(各スタイル1階級の計2階級優勝は2015年に中京学院大が達成)。
2020年10月の全日本大学グレコローマン選手権では、創部11年目にして初の大学王者を誕生させた(山﨑翔馬=関連記事)。そのときの試合後の藤山慎平監督の目の周りは、涙のあとでいっぱい。選手時代に鍛えてもらった日体大・松本慎吾監督のほか、多くの人から「しっかり書いてもらえよ」と言われるほど“大きなニュース”だった。
その後、西日本学生リーグ戦で初優勝を遂げ、インカレ王者も育成(2021年に今回優勝した荒木が優勝)。勝つことがニュースではないまでにチームを育てた。今大会は、2階級で決勝進出が決まった段階で、周囲から「西日本で2階級優勝は初めてらしいよ」などと声をかけられ、「まだ勝ったわけじゃないんですよ」と苦笑いする一幕も。
2階級優勝が何とも感じなくなり、むしろ「少ない」と感じられる時代の到来もありうる雰囲気がただよっていた。
藤山監督は2階級制覇後、「実感が湧かないんですよ。とんとん拍子すぎて」と第一声。両選手とも決勝の前までの試合に大きなヤマ場があり、決勝はある意味で「勝って当たりまえ」の試合。荒木は2年ぶりの優勝だ。大きな喜びはなかったのかもしれない。
だが、2年生の長野が勝った話になると相好を崩した。大会前は群馬県の育英大にお世話になって合宿練習したが、ろっ骨を骨折するアクシデントに見舞われた。「よく練習しています。常にレスリングと向き合っている」ので、優勝にからめる可能性はあると思っていた一方、けがによって「ローリングを仕掛けられたら、間違いなく回されましたよ」と振り返るほど厳しい負傷だったそうだ。
「その分、前半で決着をつけよう、という気持ちが強かったみたいです」。結果として、矢部晴翔(日体大=U23世界選手権予選優勝)を含めて、全試合、第1ピリオドのテクニカルフォール勝ち。その開始からの爆発力は、外国選手と闘っても押されることがないほどのパワーなのかもしれない。
決勝の試合順は長野の方が先。「4年生の荒木が負けるわけにはいかなかったでしょう」と、荒木の優勝は下級生が頑張ってくれたことも大きかったと振り返る。荒木は準決勝で、連覇を目指す山際航平(日体大)に一時は1-7とリードされてしまったが、「スタミナのある選手なので、そこから追い上げてくれるとは思っていました」と焦りはさほどなく、予想通り逆転してくれたと言う。
こうして振り返ってみると、勝つだけの長所がある選手がそれを生かして勝ったわけで、決してまぐれで勝ったわけではない。
「育英大でハイレベルの練習を経験できたことも、大きな要因ですね」と藤山監督。創部は九州共立大の方が先だが、いいと思えば後進チームにも教えを請う同監督の姿勢も強く影響したことだろう。この大会のあとは、「2人も学生チャンピオンがいるチームであることに、誇りを持ってほしい」との姿勢を示すそうだ。謙虚さを失わずに前進すれば、3階級、4階級と勝つチームの誕生は不可能ではない。
長野は「得意な投げ技とローリングでポイントを取れたことが勝因です」と、全試合テクニカルフォールという圧勝の優勝を振り返った。ろっ骨の骨折が判明したのは試合まで10日もないとき。棄権は「まったく考えていませんでした。何とかなるだろう、と思いまして」。その“何とかなる”を実現するのだから、非凡な才能を持っていることは間違いない。
準々決勝の矢部晴翔(前述)戦について話がいくと、「実力は絶対に矢部さんの方が上。まったく上ですよ。今回は運が味方してくれ、たまたま勝っただけだと思います」と控えめに話した。
2021年全国高校生グレコローマン選手権で優勝した実績があり、東日本の大学からもスカウトはあった。しかし、八幡浜工高の先輩の山﨑翔馬(前述)を大学王者に育てた藤山監督の指導手腕は高校にも伝わっていた。「藤山先生のもとでレスリングをやりたい」との理由で選んだのが九州共立大。
昨年の西日本学生選手権で1年生王者に輝き、今大会は日体大の3選手を破っての優勝。順調に力をつけているが、同じ愛媛県出身の曽我部京太郎(日体大=世界選手権出場に備えてこの大会は不出場)が上にいることは認識している。「少しでも追いつきたい」と話し、今回の優勝も“通過点”。「たまたま勝ったのではなく、実力で優勝できるようにしたい」と、最後まで「たまたま」といった言葉を繰り返し、本当の実力を身につけたい気持ちを表した。
準決勝で前年王者を相手に1-7からの逆転勝ちを実現した荒木は、6点をリードされたとき、「長野も勝ち進んでいたし、負けたくない、という気持ちは強かった。その気持ちが功を奏したと思います」と振り返る。藤山監督が評した「スタミナはある」という言葉をぶつけると、「スタミナには自信ないです。今回は勝てたので、スタミナでは(相手より)まさっていたのかなあ、とは思います」と返した。本心か、逆説か?
決勝も日体大の大楠健太だっただけに、気は抜けず、「勝たなければ」というプレッシャーも加わって、「きつかった」と言う。よく「○○戦が実質的な決勝戦」といった表現が使われるが、当事者にとってみれば、決勝は決勝。最後の1勝が一番きつい場合の方が多いのだろう。それだけに喜びもひとしおだ。
卒業後は大学院に進み、選手活動を続けながらチームの指導を手がける予定。55kg級はオリンピック階級ではないので、後輩に夢を託すことになるかもしれないが、「指導者としての当面の目標はインカレ3階級制覇?」との問いに、「それより、才能のある長野に、オリンピックへ行ってもらえるような指導をし、チームを強くしたい」と話し、恩返しを誓った。