※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
【ベオグラード(セルビア)/文=布施鋼治/撮影=保高幸子】セルビアで開催中の世界選手権第4日(9月13日)。ムラド・マンマドフ(アゼルバイジャン)との3位決定戦で勝利を収めても、男子グレコローマン60kg級の文田健一郎(ミキハウス)が相好を崩すことはなかった。
マットを下りると、文田は人目もはばからず涙を流した。なぜか? 金メダルを目指していたのに、銅メダルだったせいもあるだろう。しかしそれ以上に、文田の涙には大きな意味があった。
ミックスゾーン(インタビューエリア)で文田は必死に感情を抑えているようにも見える。「言い訳ではないですけど、(塩谷)優も言っていたように」と前置きしてから、マンマドフと肌と肌を合わせて感じた疑惑について語り始めた。
「ファーストコンタクトで、『僕に投げられるのが嫌なんだろう』と感じました」
何を言いたいのかといえば、マンマドフが肌に何か塗っているというヌルヌル疑惑が頭をもたげたのだ。確証があるわけではないが、長年闘い続けた勘でそう感じた。2日前には55㎏級3回戦で塩谷優(拓大)も試合中に対戦相手と差し合いになった際、違和感を感じ、審判にボディランゲージで「おかしい」と主張したが、聞き入れられることはなかった。
自分も同じような状況に置かれると、文田は「負けてたまるか」と奥歯をかみしめた。「そういう状況だと向こうも僕を相手にして技がかからない。そこは五分なのかなと自分に言い聞かせました」
マンマドフとは2018年11月にルーマニアで開催されたU23世界選手権の決勝を争い、フォール勝ちを収めている。しかし、それから4年、文田はこのアゼルバイジャン代表に大きな成長を感じていた。
「力もすごく強くなっていました」
もっとも得意の投げがかかりにくかったら、別のテクニックでポイントをとることはできる。案の定、マンマドフがローリングしてきたタイミングで体を向き合わせるテクニックで逆転に成功した。第2ピリオドになると、文田はパーテールポジションで攻める機会を得た。しかし、腹部へのクラッチでのローリングに2度失敗すると、胸を支点としたクラッチに切り換えてクルリ。ポイントを加え、マンマドフから勝利を収めた。
しかし、技を出し合うという意味での勝負ができなかったという意味で、文田は到底納得していない。だからこそ悔し涙を流したのだ。
それだけではない。前日(12日)、日体大で指導を受ける笹本睦コーチ(日本オリンピック委員会)のライバルだったオリンピックV2のアルメン・ナザリアンの息子、エドモンド・ナザリアン(ブルガリア)との準決勝でも納得のいかない勝負を余儀なくされた。
四つの攻防になっても、ナザリアンは必要以上に腰を引き、文田に投げをかけさせない。そういう攻防が長く続いたが、ナザリアンが反則をとられることはなかった。しかも相手が文田の足を触っての攻撃でポイントを得たので、すぐさまチャレンジしたが、それが認められることはなかった。
笹本コーチが真相を語る。「審判は(触ったところを)見えていなかったと思う」
続く第2ピリオド、一度は文田のローリングが決まって7-5とリードしたが、今度はナザリアン側が「足に触れていた」とチャレンジ。これは認められ、5-5に戻ってしまった。笹本コーチが複雑な胸中を明かす。
「向こうは足だと主張していたけど、そんなことはないと思う。でもそれを言ってしまうと、文田が頑張っているのに審判のせいになってしまう」
結局、試合は5-5のまま終了。ビッグポイントの差でナザリアンが辛勝した。マンマドフ戦後、文田はこのナザリアン戦について初めて言及した。「ルールを制する者が一番強い。やみくもに攻めればいい、という時代ではないのかなと痛感しました」
ダイナミックな投げがポンポン飛び出す。それがグレコローマンの真骨頂だ。しかしながら、こういった疑惑の中でそれが封印された試合が続くと、グレコローマンのよさが死んでしまい、オリンピックから「グレコローマン除外」という話が出てきてもおかしくない。
早急に対処すべき問題なのではないだろうか。