※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
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表彰式で笑顔を見せる伊調(左から2番目)
【ロンドン(英国)=増渕由気子 撮影=保高幸子・矢吹健夫】女子63kg級の伊調馨(ALSOK)が女子の五輪競技で史上初となる大会3連覇を成し遂げ、世界を7度、五輪を3度制したこの日、伊調は10度目の“世界女王”になった。水泳の北島康介や陸上棒高跳びのエレーナ・イシンバエワ(ロシア)が同五輪で3連覇に失敗。やはり簡単にはいかない記録のように見えた。
だが、伊調は初戦で67kg級世界V3のマルティン・デグレニエ(カナダ)をストレートで破ると、その後も危なげなく勝ち進み、決勝の景瑞雪(中国)戦も快勝。難なく大記録を達成してしまった。
記録づくめの栄冠を手にしたが、「五輪は試合の一つ」と記録に執着しない伊調は、試合後も変わらなかった。「3連覇を目指してやってきたわけではないので、試合が終わって3連覇したんだなと。3回も五輪に出たんだなと思った」と本人にとって記録は二の次。それよりも「金メダルを取ったことは満足していますけど、悔しい部分もある。自己採点は70点。アンクルホールドやがぶりなどが出せなかった」と、試合内容で反省点を次々と挙げた。
■8月4日ロンドンでの初練習で左足首を負傷
満足いかない試合内容だった最大の理由は、8月4日のロンドンでの初練習で左足首の3本のじん帯を1本半切ってしまったことだ。スパーリングも試合前まで行えず、選手村でアイシングなど治療する日々を送った。伊調は「万全(の体調)でやりたかったし、ロンドン入ってからのけがだったので、よりによって今かと思った」と運に見放された雰囲気が漂った。
だが五輪を2度、世界を7度制した女王にとって、予想外なアクシデントの対応方法も、お手の物。イメージトレーニングなど、可能なメニューに切り替えて調整したところ、「思ったより回復が早かった」と試合の勝敗に関わるような大事にはならなかった。
■最大のライバル相手に「私は4年前と違う」
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決勝で両足タックルを決める伊調(赤)
足首のけがに加えて、初戦で北京五輪の準決勝で苦戦したデグレニエと激突する組みわせも、伊調に逆風が吹いているように見えたが、これも「デグレニエとは北京五輪以来対戦していない。私は(苦戦した)4年前とは違うぞと思ってやった」と自信を持って臨んだ。
この4年間、伊調は環境からレスリングスタイルまですべてをチェンジした。2008年北京五輪で姉の千春とともに2大会連続の姉妹メダリストになり、一夜明け会見で弱冠24歳にも関わらず引退発言をして大騒動に。辞める理由は「千春が辞めるから私も」。当時、伊調の競技に対するモチベーションは「千春との姉妹で金メダル」という一点だった。
だが北京五輪後、カナダ留学などの休養を経て復帰してきた伊調は、男子のレスリングに出合い、結果重視のレスリングから、まるで職人のように技の習得や研究に時間を費やし、男子の練習にも参加して、新しい技を積極的に習得するようになった。以前は研究されるとして拒みがちだった海外遠征も、「研究されても、自分がそれ以上に成長すればいい」積極的にこなした。
4年前と違うレスリングを展開する伊調に比べて、デグレニエは「4年前と同じ」(伊調)だった。初戦がヤマ場と見られていたが、ストレートで勝利したのは当然のことだったのかもしれない。
■4連覇の挑戦はあるのか
決勝戦では「ずっと練習していた」両足タックルを鮮やかに決め、景瑞雪に2-0で勝利。3連覇を達成すると、世界選手権では見られなかった馨スマイルが飛び出した。「試合は満足してないけど、金メダルは責任なので獲れてよかった喜びと、みんなに見てもらえる嬉しさがあった」―。
4年前、試合終了と同時に引退宣言をした伊調だが、今回は「辞める」と言い切ることはなく、現役続行を匂わせる発言ばかりが飛び出した。「自分はレスリングが好きです。(今後は)休みながら(競技を)やるかもしれない。今終わったばかりで(次は)4連覇がかかるけど、(アテネから)あっという間に3大会が終わったので、リオもすぐ来るんじゃないかな」―。3連覇をしてまだ28歳の伊調に、五輪4連覇は実現不可能な目標ではなくなっている。