※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫、撮影=保高幸子)
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男子両スタイルで最年長、フリースタイルの主将を務める74kg級の長島和幸(クリナップ)が“内弁慶”を返上。2008年アジア選手権(銅メダル)以来の国際大会のメダル(銀メダル)を獲得し、2012年ロンドン五輪のマットを視野に入れた(右写真)。
サデフ・グーダルジ(イラン=今年の世界選手権2位)との決勝直後は悔しさをにじませながらも、「今まで世界の舞台で結果を残せなかった。決勝へ進んだだけでも成果だと思います」と第一声。すぐに「決勝は何もさせてもらえなかった。反省点が見つかった大会でもあった」と続け、銀メダルでは満足していない気持ちも表した。
プラスの方が多かった大会であろう。自身が今大会を最も評価したのが準決勝のモンゴル戦。ピリオドスコア1-1のあと、第3ピリオドも1ポイントを争う大激戦。相手の突進をかわし、またさきのような体勢でニアフォールへ追い込み、6-2で競り勝った試合だ。
「今までだったら、ああいう競り合いになったら負けていた」と振り返る。勝利への執念を出すことができ、満足できた試合だった。今年5月のアジア選手権で、選手は今回と違うがモンゴル選手に負けており、そのリベンジという意味でも達成感を感じた一戦。この銀メダルは、次の段階へのステップとなることは間違いない。
■メダルに手が届かない国際大会が続いた
群馬・館林高~早大とすばらしい成績を残し、2004年の世界学生選手権で銅メダルを獲得した逸材。しかし、小幡邦彦の壁が越えられずに世界へ出るのが遅れた影響か、冬の海外遠征などでも、なかなか勝つことができなかった。
2008年アジア選手権で銅メダルを獲得したものの、その後は再びメダルに手が届かない状態へ。2008年北京五輪を逃したあと、9つの国際大会に出場して最高は5位。世界選手権は2年連続で初戦敗退。通算4勝11敗という成績が残っていた。
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チームの主将として辛い気持だったに違いない。しかし「(2008年アジア選手権以降)多くの国際大会に出させてもらった。出場する大会は、どんな大会でも上を目指していました。少しずつでも成長していることを信じて」と話し、周囲で応援してくれる人のためにも、あきらめることはなかった(左写真=決勝進出を決め、喜びを表す長島)、。
長いトンネルを抜けた価値ある銀メダル。しかし、優勝した世界銀メダリストとの実力差は明確で、「パワー不足、特に組み手におけるパワーの不足を感じた。ポイントを取れる機会を与えてくれなかったし、グラウンドではがっちりと極められ、回された」と言う。
「もう少し厳しく上を目指してやっていかなければならない」と気を引き締める長島。決勝を見守る記者の間から「すべてのスポーツの日本代表の中で、“いい人”では3本の指に入る」という声が挙がったほど人当たりががいい選手。一方で、その人のよさが「勝負の世界でマイナスに出ているのでは?」という声もある。
マットの上では別人格でいい。アジア銀メダルという“特効薬”を得た長島が、他人を蹴落とし、世界一への道をひた走るー。