※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治)
「村田夏南子」といえば、JOCエリートアカデミー~日大で活躍し、2012年全日本選手権・女子55㎏級で優勝するなど、吉田沙保里のライバルとして注目された選手。
2016年リオデジャネイロ・オリンピック出場の夢が断たれた時、村田には4年後の東京オリンピックを目指すという選択肢は持ち合わせていなかった。「東京を待っていたら、その時には27歳になっている。自分は器用ではないし、その年からMMA(総合格闘技)を始めることになったら、ちょっと無理。新しいことを始めるなら、このタイミングしかないと思い、MMAに転向しました」
日大卒業と同時にMMAへ転向。総合格闘技イベント「RIZIN」の2016年4月大会で白星デビューを果たす。その後、着実に成功し、昨年からは米国の女子MMAプロモーション「INVICTA FC」へ。昨年11月、第7代ストロー級王座を奪取した。この団体で日本人がチャンピオンに就くのは2人目という快挙だった。
この戴冠がきっかけとなり、今月5日、村田はMMAでは世界最大のプロモーション「UFC」と契約したことを発表した。3月に契約を済ませていたというが、4ヶ月もブランクが空いたのは世界で感染拡大を続ける新型コロナウィルスと無関係ではない。「発表する機会を逸してしまいました。いざ発表すると、実感が湧いてきましたね」。
1993年に米国でスタートした「UFC」は、当時は素手で闘い、倒れた相手を殴ってもいいなど限りなく喧嘩に近いルールを採用し、全米各地で反対運動が起こるいわくつきの団体だった。その後、ルールを整備。現在では完全にスポーツとして確立し、世界最大の通信社のAP通信もその結果を報道し、156カ国以上でテレビ放送されているメジャーなプロスポーツとなっている。
村田は、昨年までも米国を拠点に活動を続けていたが、昨年12月に一時帰国して以来、ずっと日本に滞在している。コロナウィルスのせいで、米国に戻りたくても戻れなくなってしまった。
都内の公園でひとり黙々と自主トレに励んだ。苦しくはなかった。「レスラーは(直近に)試合がなくても、ずっと練習を続ける」という習慣が骨の髄まで染み渡っていたからだ。「そういうところはレスラーのままですね。公園で懸垂したり、タックルの練習をしたりしていました」
日本でのジムワークの再開は6月になってから。練習の拠点としている東京・代々木の「リバーサルジム新宿Me, We」(山﨑剛代表)で1日の大半を過ごす。今回の取材は某日午後5時からジムで行ったが、村田は「今日は朝10時からいる」と打ち明けた。「ずっと練習して、昼食をとって。また練習という感じですね。取材が終わったら、また練習します」
MMAでの戦績は12戦11勝(2KO・4つの一本勝ち)1敗。唯一の敗北は2016年12月29日の「RIZIN」で行われた中井りん戦だが、当時はまだキャリアが浅く、体重ハンディもある一戦だった(現在は-52.2kgをリミットとするストロー級で闘うが、この一戦は57.15kg契約)。
この一戦をきっかけに、村田は「レスリングだけではどうにもならない」と悟った。「それまでは、ずっと組み付いて試合をしていましたからね。打撃も寝技もできなければダメと思うようになりました」
この敗北のあと、村田は7連勝中。飛躍のきっかけは、日頃の努力に加え、米国コンバット・スポーツ・アカデミーのコーチであるキリアン・フィッツギブンスからMMAの指導を受けるようになったことだろう。キリアン・コーチは史上初めてオリンピックとUFCの頂きを極めたヘンリー・セフード(2008年北京大会金メダリスト)のコーチとして知られる名伯楽。このコーチからレスリングを活かしたムエタイ(タイ式ボクシング)を学んでいる。
「アメリカにセフードを教えたコーチがいると聞いて、足を運びました。それまでパンチはやったことがあったけど、蹴りを出したことは全くといっていいほどなかった」
キリアン・コーチの教えはシンプルで、「とりあえず蹴ってみろ」というものだった。「最初の頃はどうやって蹴るかも分からなかった」と言う村田は、時間をかけて蹴り方を習得しつつある。「コーチは蹴り方というより、蹴るタイミングだったり、蹴るポイントだったりを教えてくれる。日本では(旧K-1ファイターの)大野崇さんに蹴り方を習っています」
コロナ禍においてもUFCは無観客で大会を行っている。2020年7月中旬現在、村田のデビュー戦は未定ながら、「試合は9月以降で」と頼んでいるという。現在UFC世界女子アトム級王者にはジャン・ウェイリー(中国)が君臨している。過去に「RIZIN」で村田との対決が組まれながら、ウェイリーのけがにより試合が流れてしまったという因縁深き対戦相手だ。
もしウェイリーに挑戦したら? 「やっぱりレスリングを見せたいけど、打撃や寝技など全局面で闘わないと勝てない」
もうすぐ27歳。いつの間にか一回りも二回りもたくましくなった村田は、MMA最高峰の舞台でどんな闘いを魅せてくれるだろうか。