※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治)
当初の予定では、もうすぐ東京オリンピックを迎えるはずだった。女子57㎏級の川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)は2016年リオデジャネイロ大会に続き、2大会連続で金メダル獲得を期待される存在だった。
しかし、いま彼女は新型コロナウィルスという敵と対峙している。「自分は新幹線を使う機会が多いので、今年1月くらいにコロナウィルスが日本に入ってきたあたりから、かなり警戒していました」
今年4月、プロ野球・阪神タイガースの藤波晋太郎投手ほかの感染が発覚すると、コロナウィルスとの距離はさらに縮まった。「それまではお年寄りや基礎疾患のある方がかかるものだと思っていました。アスリートでもかかるということを知ってから、さらに危ないと思いましたね」
練習の拠点である至学館大レスリング部は3月末から練習自粛となり、6月中旬となった現在もマット練習はできない状況が続く。「最初は、個人練習はいいんじゃないかという感じだったけど、『何かあったら大変だから』という理由でダメになりました」
「授業でレスリング道場を使うこともあるので、なかなかそう簡単にはいかない。マット練習の再開は状況を見ながらということになると思います」
6月上旬現在、レスリングの練習は全くといっていいほどやっていない。現在の練習は使用許可が出た大学のウエートトレーニング場が中心。コロナウィルスが拡大する前、ウエートトレーニングの指導は国立スポーツ科学センター(JISS)のトレーナーに診てもらっていて、名古屋と東京を行き来する生活だったという。今はどうしているのか。
「(妹の)友香子と至学館でウエートトレーニングをしている時、テレビ電話で診てもらっています。以前は名古屋と東京が半々だったので、早く元の生活に戻したい」
時代の空気を読み、開催の1年延期は何となく予想していた。おかげで大きなショックを受けることもなかった。「延期は残念だけど、自分ではどうすることもできないし、こういう状況では仕方のないことだと思う。レスリングは健康でないとできないので」
リオデジャネイロ前は、オリンピックに出場するため階級変更という試練が待ち受けていた。今回は全く別の試練だが、川井は「オリンピックを目指しているアスリート全体の試練」ととらえている。「その試練を乗り越えてこそのオリンピック。そんなに楽をしてオリンピックを迎えられるわけでもないのかな、と。苦しいと思うけど、のちに自分の人生を振り返った時に『コロナの試練も乗り越えた』という思い出話になれば…」
以前、川井は妹が入寮していた至学館大レスリング部の寮で朝食と夕食を一緒にとっていた。コロナウィルスが拡大した現在、寮には立ち入れないことになり、食事も自分たちで作るようになった。「料理の腕は上がったと思います。ずっとやってこなかったことなので、あらためてお母さんや寮母さんのすごさを改めて感じています」
長引く自粛生活中、グレコローマン74㎏級で学生王者だった父・孝人さんからは「レスリングの技術は死なないから心配するな」というアドバイスを受けた。「あとは体力面。息上げだったり、体幹トレをしっかりやっておけば大丈夫」
1年後、世界の57㎏級の勢力図はどうなっていると考えているのか。「リオでは53㎏級で金メダルを取ったヘレン・マルーリス(米国)が、東京は57㎏級で狙ってくる。私はヘレンと闘ったことがないので、やってみないと分からない。世界選手権で闘った選手たちも絶対強くなっていると思う。1年間という期間は、みんなに平等に与えられた時間。有効に使っていけたらと思っています」
いま思い切り練習してもいいと言われたらどんな練習をしたい? 「至学館の後輩たちともそうだけど、全日本チームで集まって一緒に練習したい。全く会っていないコーチ陣にも見てもらいたい」
最近、川井はインスタグラムにスナッチやブルガリアンスクワットのトレーニング動画をアップした。「(登坂)絵莉さんとLINEでそれとない話をしていて、その中で自分の将来のためにも、レスリングがメジャーになるためにも、自分から何か発信した方がいいと思うようになった。これからちょいちょいやろうかなと思っています」
川井は7月からの再開が予定されている全日本合宿を心待ちにしている。