※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
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ここ数年、日本で最激戦階級と言われた男子フリースタイル60kg級。2年連続で学生が全日本王者となり、2009年世界5位(前田翔吾)、2010年アジア大会2位(小田裕之)と世界に通じる実力を見せた。ところが、昨年末の全日本選手権で決勝を争ったのは、2008年北京五輪へ向けての“黄金カード”、湯元健一(ALSOK=北京五輪銅メダル)と高塚紀行(自衛隊)だった(右写真:1月7日からの全日本合宿でも火花を散らす高塚=右=と湯元)。《
VTR》
勝負の第3ピリオド、高塚はクリンチの攻撃権を手にし、チャンピオンの座を手にしたと思われた。結果は30秒間を守り切られ無念の2位。しかし、全日本レベルの大会に3大会連続で決勝に残った実力は、2012年ロンドン五輪へ向けての闘いに、あらためて名乗りをあげたと言える。
《男子フリースタイル60kg級の強豪の最近4大会の成績》
大 会 名
|
湯元健一 |
高塚紀行 |
小田裕之 |
前田翔吾 |
2009年
全日本選抜選手権
|
(不出場) |
初戦敗退
(●小田) |
ベスト8
(●前田) |
優 勝 |
2009年
全日本選手権
|
3位
(●小田) |
2位
(●小田) |
優 勝 |
(不出場) |
2010年
全日本選抜選手権
|
3位
(●高塚) |
2位
(●前田) |
初戦敗退
(●石田智嗣) |
優 勝 |
2010年
全日本選手権 |
優 勝 |
2位(●湯元) |
3位
(●湯元) |
ベスト8
(●松本桂) |
■大接戦の湯元健一戦だが、反省することも多かった
湯元との試合は第1ピリオドの0-0のあと、高塚がクリンチからの攻撃を取って先制。第2ピリオドは湯元がタックルで返してピリオド・スコア1-1へ。第3ピリオドは0-0で終わり、高塚が再度のクリンチ攻撃権を獲得した。しかしテークダウンを奪うことができず、勝利を逃してしまった。
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「ガーッと前に出た方がポイントを取れたと思うが、第1ピリオドの(クリンチを取った)イメージが強すぎた。同じようなテークダウンを狙ったが、相手も研究していたようで、違う切り方でこられてしまった」。同じ技を2度続けて受けないところが、北京五輪銅メダリストの強さなのだろう。
高塚自身に反省も多い。2分間の闘いでポイントを取ることを重視するあまり、これまでクリンチの練習はさほど力を入れていなかったことや、第2ピリオドの失点、クリンチからの攻撃を除いた6分間の闘いの中で1ポイントも取れなかったことなど。(左上写真が第1ピリオド、左下写真が第3ピリオドのクリンチ。第1ピリオドは取った青の高塚だが微妙なシーン。課題を残した)
最後のクリンチでも、攻撃権を手にしたことで「取れる」と考えてしまい、心にすきが出てしまったことも悔やまれる。「競った試合ではクリンチ勝負になってしまう。やはり、クリンチの練習もしっかりしないとならないですね」。0-0で終わったら負けと思え、という意識で闘うのは、決して悪いことではないだろうが、実際に負けてしまっては悔しさがつのる。ハイレベルでの闘いになればなるほど、重視しなければならない練習だった。
しかしクリンチで負けた最大の要因は「(第1・2ピリオドで)ポイントを取れなかったこと」と考えている。「ポイントを取っていれば、最後のクリンチ勝負では気持ち的に優位に立てたと思う」と言う。ポイントを取れなかったことで、気持ちが縮んでしまったのか? 攻撃力の欠ける闘いでは、最後に勝利を引き寄せることはできない。「反省することの多い試合でした」と言う。
■自衛隊のコーチとともに、新しいスタイルを研究
北京五輪出場を逃し、昨年4月、日大コーチから自衛隊に進んだ。学生選手への指導がなくなった分、自らの練習に専念できるわけで、新天地を求めたメリットは大きい。プラスはそれではなかった。年齢的にレスリングのスタイルを変えていかねばならない時期だが、自衛隊にはキャリアのあるコーチが何人もいて、自らのレスリングを見て、肌を合わせて研究・指導してくれることだ。
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前全日本コーチの和久井始コーチ、元全日本王者の鈴木豊コーチ、2004年アテネ五輪60kg級銅メダリストの井上謙二コーチ、2003年60kg級全日本王者の山本英典コーチなど。昨年10月の千葉国体のあとは、山本コーチにつきっ切りで指導を受け、新しいスタイルの確立の端緒をつかめたという。「この冬、時間をかけて鍛えれば、自分のものにできるような気がします」と言う。(右写真:井上コーチ=左と鈴木コーチ)
長い期間にわたってトップレベルを維持するためには、スタイルを微妙に変えていかねばならなくなる。研究されることや、わずかずつでも体力の衰えが忍び寄るからだ。高塚もそれは感じている。体力を基にした突進力で勝ち進んだレスリングでは「限界を感じたこともありました」と言う。
しかし、自衛隊でコーチと一緒に研究することで、「まだこんなことができるんだ」と思うことが多く、レスリングの幅が広がると感じるようになった。「よく、力を入れすぎると言われます。自分の力を相手に利用されたり、空回りさせられてしまってバテてしまったり…。力を抜くことを意識したスタイルを研究しています」と、目指す新スタイルの一端を披露。
もちろん、25歳の体力はまだ十分に世界で通用する。自衛隊で自分の練習だけに専念できるようになったせいか、「体力は上がっていると感じます」とさえ言う。したがって、すべてを変えるつもりはなく、「前のスタイルと新しいスタイルを一体化させることで、さらに攻撃の幅が広がる」と考えている。
■1年前に圧勝したアジア大会王者との再戦はあるか
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広州アジア大会で小田裕之を破って優勝したマンダクナラン・ガンゾリグ(モンゴル)は、その10ヶ月前の「ヤリギン国際大会」(ロシア)でフォール勝ちした相手。高塚はこの冬も「ヤリギン国際大会」のメンバーに選ばれた。ガンゾリグが出場してくるかどうかは不明だが、モンゴルのトップ選手はよく参加してくる大会なので闘う機会もありそう。「自分の力を試してみたいです」と言う。新しい高塚がアジア王者とどう闘うか。(左写真=1年前にガンゾリグに圧勝した高塚)
若い選手の台頭もあって国内の闘いが激しく、まだ世界には目がいっていない状況のようだ。「敵は湯元選手だけではない。だれが相手でも勝ち抜かなければならない。このハイレベルの中で勝ち抜くには、半端な気持ちではダメ」と言う一方、「この闘いを勝ち抜けば、世界で勝てるでしょう」ときっぱり。
2008年アジア選手権(韓国)で五輪代表を目前にしながら、ラスト1秒を守れなかったため逃した悔しさは、忘れてはいない。全日本王者返り咲きは逃したものの、2006年世界銅メダリストがロンドン五輪を目指して大きく動き出した。