※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
今月27日にキルギス・ビシュケクで開幕するアジア選手権。女子は来月17~18日に高崎市でワールドカップを控える関係上、一・二軍混合のメンバー構成となった。65kg級に出場するのが全日本選手権3位の今井海優(みゆう=自衛隊)。昨春、京都・海洋高を卒業し、現在の身分は一般の自衛官。集合教育で体育学校レスリング班の練習に参加しており、来年4月の入校を目指している選手だ。
体育学校に入校する前の選手が日本代表として国際大会に出場するのは、「記憶にない」(笹山秀雄・女子強化委員長=自衛隊前監督)。全日本1、2位の選手がワールドカップ代表に選ばれた事情があるにせよ、国際大会で闘えるだけの実力がないと判断されれば、代表に選ばれることはない。栄和人強化本部長がゴーサインを出したのは、それだけの実力と将来性を見込んだからにほかなるまい。
笹山委員長は体の柔軟性に将来性を感じたという。千載一遇のチャンスを得た今井は「1月の全日本合宿で(代表を)言われた時は、うれしかった。このチャンスをものにできるよう全力を尽くして闘いたい」と燃えている。
これまで全国大会での優勝経験はない。データベースに掲載されている成績は、見事に「3」が並んでいる。しかし、昨年12月の全日本選手権は、初戦で前年の58kg級学生チャンピオンであり国際大会優勝の経験もある選手にフォール勝ち。準決勝では優勝した源平彩南(至学館大)に敗れたが、スコア6-8の善戦だった。
自衛隊の新人選手の宿命(いわゆる特待選手は除く)で半年間のブランクがあったにもかかわらず、この成績。さかのぼれば、自衛隊入隊直前の昨年2月のクリッパン女子国際大会(スウェーデン)では、カデット時代から含めて初めての国際大会だったにもかかわらず銅メダルを獲得している。
しかも、2015年世界選手権58kg級2位で前年の60kg級欧州チャンピオンのペトラ・オッリ(フィンランド)からポイントを取る内容(4-7)。3位決定戦は全米3位の選手を破るなど、初の国際大会とは思えない内容でメダルを手にした。こうしたあたりに将来性を見いだされたのだろう。
高校3年生の時(2016年)の全日本選抜選手権で3位になったあと、自衛隊のスカウトから声がかかり、三浦力哉監督からも勧められた。「大学へ行って続けたいという気持ちはありましたが、勉強は好きじゃないので」と、自衛隊へ方向転換。まず一般自衛官として就職し、半年間、レスリングから離れて自衛官としての教育を受けた。
「高校時代は休みがほしい、と思うことが多かったのですが、その時はレスリングがしたい、という気持ちでいっぱいでした。大学へ進んだ同期の選手がレスリングに打ち込んでいることを考えると不安になり、早くレスリングがしたかった」
秋になって体育学校の練習に参加すると、たまっていたエネルギーは一気に爆発した。全日本選手権に推薦で出場することになり、前述の通り内容のある3位へ。全日本合宿に初参加することになったとともに、日本代表に選ばれた。
オリンピック・チャンピオンもいる中での練習は「ポイントを取れない。すぐにポイントを取られる」とのことだが、自衛隊での練習を含めて体力的には十分についていけるという。「体力はある方だと思います」というから、成長する選手に必要な要素はしっかり持っている。技術と戦術を高めることで、飛躍的な成長が期待されるだろう。
小学校3年の時、海洋高の“弟分”として海洋教室が発足。母の薦めで通ったのがレスリングと出合い。両親ともレスリングをやっていたわけではないが、姉と妹・弟の4人全員がレスリングにはまった。姉は現在、同志社大でレスリングを続けており、昨年の全日本学生選手権で優勝した。自身は高校を卒業するまで全国大会の優勝に恵まれなかったが、「ここでやめたら悔いが残る」―。
負けず嫌いの性格が社会人になってもレスリングを続けることになった。一方で「緊張する性格」とのことで、これが優勝を阻んでいた要因のひとつだと自己分析する。「勝てる、と信じてやることですね」-。
自衛隊に進み、全日本合宿に参加できたことも含めて練習環境も練習相手も高校までとは大きく変わった。今が一番伸びる時。左構えで、左足へのハイクラッチ・タックルが得意。「何とかして決めてみたい」と、アジア選手権の目標を話す。「優勝」を目指すことは言うまでもないが、キャリアなどを考えると、まず「メダル」が最低限度の目標だという。
日本代表となったことで、今後目指すものが明確に見えても来た。今年は全日本チャンピオンが目標。一方で、まだジュニアの世代なのでジュニアクイーンズカップとJOC杯で勝ち、世界ジュニア選手権に出場、そして優勝という目標もある。
無名選手を数多くトップに育てた自衛隊で、また一人、世界に飛躍する“雑草選手”が生まれそうだ。