※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
【パリ(フランス)、文=増渕由気子】男子グレコローマンが34年ぶりなら、男子フリースタイルは36年ぶりのチャンピオン! 男子フリースタイル57kg級は高橋侑希(ALSOK)が3度目の世界選手権出場で初優勝を飾った。決勝は7月のスペイン・グランプリで優勝しているトーマス・ギルマン(米国)と対戦し、6−0で快勝。日本勢として36年ぶりの世界チャンピオンに輝いた。
「連日の金メダルがプレッシャーに感じたこともあったが、それが刺激にもなった」。大会第2日から連日の金メダル連鎖は、男子フリースタイルにも追い風となった。
これまでの高橋は、試合で力が出し切れない課題を持っていた。「攻めれば勝てるのに。やればできるのに」。全国中学選手権MVP、インターハイ3連覇などキッズ時代から磨き上げた高速タックルが、大事な試合で不発に終わり、うなだれることもあった。
変われたのは、今年5月のアジア選手権(インド)で優勝してからだ。7年前にユース・オリンピックで金メダルを獲得し、未来のホープとして名を挙げたが、シニアになって国内外で盤石な勝利を続けられずにいた高橋が、この優勝ですべてが解放された。「いろいろ考えずにやればできるんだ」。
準々決勝は2年前のリベンジ戦だった。2015年の世界選手権ではメダル「0」に終わり、日本レスリングの危機だと報じられ、高橋も“戦犯”の一人だった。
ベクバヤール・エルデネバト(モンゴル)に敗れてリオデジャネイロへの道が閉ざされたと言っても過言ではない。高橋は因縁の相手を目の前に、「言葉は汚いけど、あいつのせいでオリンピックに出られなかった。トラウマっていうより、こんちくしょーって感じで臨んだ」。
2年前の悔しさをすべて晴らし4−4のビックポイント差で勝利。「攻めれば勝てる、やればできる」と有言実行した。
高橋の人生設計では、昨年の夏に世界を制するはずだった。リオデジャネイロ大会から1年遅れの世界制覇に、高橋は「リオを逃すという辛い経験があっても、折れずに辛い練習を毎日したおかげで世界一が獲れた。辞めずに続けて本当によかった」としみじみ。
オリンピックを逃しても再び立ち上がれたのは、家族の存在だった。「実家に帰って、家族の悲しい顔を見ているのは辛かった。今、自分が世界選手権で優勝できて喜んでいると思う」。
36年待った日本のフリースタイル世界王者の座に就いたのに、喜びを爆発させず平常心だった高橋が、家族の話にふれると急に言葉に詰まり、眼を赤くした。
一番の心の頼りは弟・拓也さんの存在だ。「弱気なところを弟がいつも押してくれた」。拓也さんは茨城・霞ヶ浦高で団体優勝したメンバーであり、個人戦も2位と実力のある選手だったが、先天的な股関節の病気で、歩行に影響がでるため、やむなくレスリングを引退した経緯がある(参考記事)。
「弟はやりたくても続けられなかった。レスリング嫌いだけどしぶしぶレスリングやっているヤツもいる。そういう選手を見ると、弟に譲ってくれ、って思う。だから、弟から『もっと頑張れるんじゃないの? 負けないで』って言われると、頑張る原動力になる。僕は強い兄でいたい」。
拓也さんの言葉に叱咤され、この1年でどん底から世界チャンピオンにジャンプアップ。家族の支えを実感した高橋だった。
目指すは2020年東京オリンピック。「世界チャンピオンになった実感はない。日本では強い軽量級がごろごろいる。世界チャンピオンとか言っているひまはない」。
新しい階級区分では57kg級が残ることになった。「この階級でオリンピックを目指せる。モチベーションになりますね」。日本軽量級の歴史をつないだ高橋が2020年東京へ突き進む!