2026.05.07NEW

【特集】負傷によるブランクを乗り越え、激戦階級で2028LAに挑戦! …女子50kg級・伊藤海(フォーデイズ)

 日本には「世界で勝つより日本で勝つ方が難しい」と言われる階級が、いくつも存在してきた。現在も存在する。2028年ロサンセルズ・オリンピックへ向けては、女子50kg級もそのひとつだろう。その壁に挑む一人が伊藤海(フォーデイズ)

 キッズ時代(全国大会5連覇)、中学時代(1年生全国チャンピオン、全国中学選抜大会3連覇)、高校時代(1年生インターハイ王者=コロナで3連覇目は大会なし)、大学時代(1年生学生チャンピオン、U20・23世界チャンピオン)とすばらしい実績の持ち主。

 3世代(U17・20・23)の世界選手権を制していることや、UWWランキング大会などの成績からしても、シニアの世界選手権へ出場すれば優勝の可能性は十分にある選手だ。だが、須﨑優衣(キッツ)吉元玲美那(KeePer技研)の2人の元・前世界チャンピオンの壁があり、まだ世界選手権の代表になったことはない。

▲2023年U23世界選手権優勝の伊藤海。シニアの舞台でこのシーンが見られるのは、いつか?=UWWサイトより

 昨年夏に足を負傷し、約半年のブランクを余儀なくされたが、それも完治に近い状態へ。「調子も上がってきまして、いいコンディションができています」。ブランクの期間は、メンタルトレーニングやビデオ研究などを含めた“自分と向き合う時”として有効活用。今月の明治杯全日本選抜選手権(同級は23・24日)でエネルギーを爆発させる予定だ。

目先の勝利より将来の勝利を選び、全日本選手権は棄権

 ケガは昨年7月、右足に負った。手術するか、周囲の筋肉を強くしてしのぐかの選択となり、後者を選んだ。出場が決まっていた10月のU23世界選手権(セルビア)は辞退。12月の全日本選手権には出場できる可能性もあったが、最終的に「オリンピック予選にからまない大会なので」と、大事をとって棄権。目先の勝利より、将来の勝利を選んだ。

 本格的なマットワークは今年2月頃から再開。「マットで動けたときは、素直に楽しかった。レスリングが好きなんだなあ、ということを感じました」

 母校・早大での取材の日、50kg級で昨年のU20アジア選手権とインターハイを制した小川舞(東京・自由ヶ丘学園高~早大)と激しいスパーリングを展開。小川は53kg級へ上げてU20アジア選手権出場を決めている。若い選手とはいえ1階級上の強豪選手しのぐ内容を見せ、体調は負傷前のレベルに戻っていると考えていい。

▲母校・早大では1階級上の小川舞を相手に練習

 練習は、早大のほか女子選手の多い東洋大や日体大、さらに拓大でもこなしている。同大学に女子選手はいないが、京都・網野高の先輩でもある高谷惣亮監督の指導を受けることと、軽量級の男子選手を相手にパワーをつける練習が目的だ。

前を向く選手に「苦手意識」という感覚は存在しない!

 試合から遠ざかったことは、マイナスだけではない。これまでは、試合の1ヶ月くらい前から緊張に襲われ、ときに不安が大きくなることが多かったそうだが、今回は「試合が待ち遠しい、という気持ちです。不安やプレッシャーより、試合が楽しみ、という気持ちの方が大きいんです」と言う。ハイレベルの闘いになるほど、メンタルが勝敗を分けることが多いわけで、これまでとは違う伊藤の姿が見られそうだ。

▲自分より体の大きな男子選手とも練習し、パワーアップを目指す

 目標となる須﨑と吉元には、これまで勝ったことがない。「苦手意識は?」という問いに、「え?」という表情を浮かべ、首をひねった。周囲(というよりマスコミ)は、ある選手に何連敗もしていたり、圧倒的に負け越していたりすると、「苦手意識」という概念を考える。しかし、一戦一戦が勝負という選手からすれば、そうした感覚は存在しないのかもしれない。

 負けたのは技術や戦術の差であり、精神力の差。すなわち実力の差であり、何連敗しているから今度も負けた、という理由は存在しない。次に闘うときには、その克服を考えるだけ。「苦手意識」というのは、マスコミが作り上げる幻想であり、もし選手がその感覚を持っているなら、負けたときの言い訳なのではないか。

 伊藤は、須﨑と吉元との対戦成績を指摘されても、「苦手意識というものはまったく感じていないです」ときっぱり否定した。

女性の自立を支援する会社の支援を受けて夢に挑戦

 レスリングは4歳のとき、少年少女レスリングの強豪、大阪・吹田市民教室で始め、京都・網野教室&網野高校で続けて大半の大会で優勝している。負けているのは桜井つぐみ、元木咲良、須﨑優衣、登坂絵莉という、過去または後にオリンピック金メダルに輝いた選手だけというのは、伊藤の行く末を暗示している結果なのではないか。高校のときにはオリンピック優勝を意識していたと言う。

▲“最強女子”と言われた時代の2014年押立杯関西少年少女選手権、髙橋海大(静岡・焼津ジュニア=現ALSOK、2025年世界王者)を破って優勝

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 東京オリンピックを数ヶ月後に控えた2021年4月、兄・駿さん(2018年国民体育大会優勝など)を追って早大へ。社会科学部の学生として、「勉強もしっかりやりました」と、にっこり。4年生に須﨑優衣がいたほか、片岡梨乃(2023年全日本選抜選手権優勝)、小玉彩天奈(2021年全日本選抜選手権3位)もいて、刺激される練習環境だったと言う。

 現在は、「健康」を追求する企業として女性の自立を支援するフォーデイズ株式会社のアスリート社員としてオリンピックを目指している。同社は、日本人女性として初めて全日本スーパーフォーミュラ選手権に参戦している20歳のレーシングドライバー、野田樹潤選手(Juju、女子ハンドボールチーム「三重バイオレットアイリス」をスポンサードしているが、社員としてサポートしているのは伊藤だけ。その分、期待も高いわけで、「オリンピック出場で恩返ししたい」と語気を強めた。

▲スパーリングの合間にも体力トレーニング。ロサンゼルスへ向けて燃えている

 負傷あがりなので、今度の明治杯で結果が出るかどうかは分からない。しかし、当面の目標はオリンピック予選に直結する12月の全日本選手権だ。そのため、7月の全日本社会人選手権(愛知・名古屋市)や10月の国民スポーツ大会(青森・八戸市)への出場など実戦を多く取り入れてブランクを取り戻し、夢へ向かう計画だ。

 「約1年ぶりの大会。自分のレスリングを最大限に発揮して楽しもう、という気持ちが強いです」と話し、2028年ロサンゼルス・オリンピックをしっかりと見つめている。