インターハイ出場経験のない選手が、アジア王者に輝いた! 2026年アジア選手権の男子フリースタイル79kg級で、2024年パリ・オリンピック74kg級王者(ラザムベク・ジャマロフ=ウズベキスタン)を含む4選手を破って優勝したガレダギ敬一(早大)は、インターハイに出場した経験のない選手。ケガと、同じ東京都に強豪がいたためだが、そんな不遇のときでも焦らずに実力をつけ、アジアの頂点へ登り詰めた。
ガレダギは「素直にうれしいです」と第一声。準決勝でのオリンピック王者との闘いは、かなり積極的な攻撃が見られたが、決勝のサンディープ・マン(インド)との闘いは、お互いにポイントを取れないロースコアでの接戦。「ずっと気持ちが張っていました。体力的に疲れるより、精神的に疲れる試合でした」と、一瞬たりとも気を抜くことのできない内容。相手の組み手が「固くて強かった」とも振り返る。
ガレダギの2点と相手の1点は、すべてアクティブ・タイムでのポイント。ガレダギは「ミスをしたくなかった。きのうみたいな自分のレスリングができないところがあって、問題はありました」と振り返り、課題は残った一戦ではあった。
だが、準決勝での殊勲を含め「今後につながる自信にはなりました」と振り返り、飛躍につながる大きな優勝となったことは間違いない。
世界レスリング連盟(UWW)のホームページで「Unheralded」(無名の)と書かれた通り、この大会までに外国でガレダギの存在を知っていた人は少ない。この大会がシニアの国際大会のデビュー戦。そんな選手が、準決勝でパリ・オリンピック王者を破ったのだから、今回の大会での最大のアップセット(番狂わせ)だったかもしれない。
「昔からあこがれていた選手。勝った負けたより、闘えてよかったと思います」と話したガレダギは、作戦を問われると、「考えていなかった」と苦笑い。勝つ、という戦略が思い浮かばないほど、相手の存在が大きかったのだろう。だが、「相手も全盛期ではないと思う。闘っていて、衰えている部分も感じました」とも話す。オリンピック王者といえども、手術をして満身創痍の選手をいつまでもトップに置いておくことができない、という意地も見せた。
2024年アジア選手権の男子グレコローマン72kg級を制した原田真吾(神奈川・釜利谷高~育英大~ソネット)も、インターハイに出場経験のないところからアジア王者に輝いた選手だが、中学までは柔道の選手。2年半のキャリアでインターハイ出場はならなかったのも仕方あるまい。
一方、ガレダギはレスリング経験者であるイラン人の父、ガレダギ・シャハラムさんの影響で、幼少の頃からレスリングに親しんでおり、全国少年少女選手権は6連覇を達成した逸材。全国中学生選手権は2年連続で5位だったが、中学3年生(2020年)になって、今年こそ全国一へ、と思った矢先にコロナ禍に見舞われ、最も伸びる時期に練習環境を奪われてしまう不運。
それは、どの選手も同じかもしれないが、高校へ進んでもケガで2年生(2022年)のインターハイ予選に不出場。3年生のとき(2023年)は都予選でインターハイ3連覇を目指していた山口叶太(東京・自由ヶ丘学園高=現中大)に敗れ、結局、3年間で高校最高の晴れ舞台に出場することはなかった。
それでも、2023年4月のJOCジュニアオリンピックU17-65kg級で優勝し、U17世界選手権と東アジア・ユース大会に出場。前者は8位、後者は優勝という実績をつくった。早大に進学し、2024年全日本学生選手権79kg級で1年生王者に輝き、昨年は明治杯全日本選抜選手権で優勝(プレーオフで敗れて世界選手権には出場できず)。“暗黒”の高校時代だったが、腐らずに確かな実力を養っていた。
インターハイの最後の望みを断たれた相手の山口叶太とは、昨年12月の全日本選手権・決勝で対戦。リベンジして今の地位を築いたのは、神様が与えた試練か。勝負の世界は、ウサギと亀の童話と同じで、早咲きがすべてではない、という見本のようなガレダギのアジア王者奪取だった。
今後の目標は、もちろん2028年ロサンゼルス・オリンピック。そのためには、オリンピック階級へ変更することになる。早ければ今年5月の明治杯全日本選抜選手権では74kg級か86kg級で闘う姿が見られそうだが、79kg級で世界一に輝いてからでも遅くないのではないか。
同じイランの血が流れている吉田アラシ(三恵海運)との“タッグチーム”で(関連記事)、秋は2人で世界一に輝くこともありうる!