(文=編集長・樋口郁夫)
昨年秋のことだが、日本レスリング協会の理事の一人に、「この前の理事会で、○○のこと、議題に挙がりました?」と聞いたことがあった。その理事は苦渋の表情で「理事会での内容は、一切、口外しないように言われているんです。誓約書を書かされました」と答えた。
「え?」と思った。公益財団法人にとって透明性は何よりも重要なこと。「理事会の内容を外部に話すな」とは、いったいどういうことか。レスリング協会の上部団体であるスポーツ庁や日本スポーツ協会は、理事会の会議を報道陣に公開している。日本オリンピック委員会(JOC)は、1989年の発足のあと公開が続き、山下泰裕会長が就任した2019年に非公開へ。現在の橋本聖子会長は公開へ向けて動いている。
これが、公益財団法人のあるべき姿ではないのか。筆者は昨年6月9日の本欄で「密室政治で会長を決める日本レスリング協会に、未来はあるのか?」と書いたが、日本レスリング協会が、ここまで密室政治を固守しているとは思わなかった。
この問題を協会幹部に問いただすタイミングがなかったが、2月25日の協会理事会後の会見に木村晃一・倫理委員長(協会顧問弁護士)が出席していたので、「理事に『理事会での内容は一切口外するな』と厳命しているのは事実か?」と質問した。
同倫理委員長の回答の要点は下記の通り。
「組織の意思形成過程は、基本的に外部公表を予定していない。理事には、理事会の内容でどのような審議が行われたかに対して守秘義務があると思う」
「理事会の場でだれがどのような発言したかが外部に出回ってしまうと、自由活発な議論が阻害される可能性がある」
「すでに公になっている事実なら、外部に話しても守秘義務違反にはならない。理事会は議論の場、検討の場であり、理事という職務を請け負っている以上、話していいことと、話してはならないことが出てくる」
「守秘義務」という言葉の前に、なんとなく納得させられそうな気がするが、これは協会の意思決定ではないはず。木村顧問弁護士か執行部の一方的な通達であろう。同じ専門家(弁護士)の中には、公益財団法人に求められる透明性という観点から、理事会での議論内容を外部に話すことを厳禁とするのは不当、と主張する人もいるのではないか。理事会と評議員会できちんと論議し、結論を出してほしい。
参考までに、JOCの山下泰裕・前会長が30年続いていた理事会会議の公開をやめた理由は、木村弁護士の説明のひとつでもある「公開の場では自由な論議ができない」だ。男性理事は、同世代のカリスマ的な存在だった山下会長の方針に反対できなかったようだが、山口香(柔道)、高橋尚子(陸上)、小谷実可子(水泳)、山崎浩子(体操)の4人の女性理事が反対した(マット上で強さを見せる女子レスリング選手も、引退後は、付和雷同することのない強さで、スポーツ界に女性の視点からの新たな道筋を切り開いてほしい)。
記者クラブは抗議し、識者の「公益性の高い団体の性格からすれば原則公開すべきだ」「公開の場では自由な論議ができないという言い訳は一昔前の考え方」などの意見を伝えて世間へ訴えたが、JOCは「徹底した会見を実施する」との条件で押し切った。記者クラブはその後も公開を求めたものの、山下会長が大けがによって職務を離れたことで棚上げ状態へ。昨年就任した橋本聖子会長は公開へ向けて論議していくことを明言したが、現在までに実現していない。
国会の質疑応答は、生中継やニュースによって全国民が知るようになっている。筆者が調べた限り、公益財団法人の場合、定款や事業計画書・収支予算書の公開は義務づけられているが、理事会会議や理事会の議事録の公開までは義務づけられていないという。
ただ、多くの公益財団法人が議事録の一部または要約をウェブサイトで公開し、透明性確保の姿勢を打ち出している(例:JOC議事録 / 日本卓球協会議事録)。日本レスリング協会は、理事会議事録は公開していない。透明性確保に前向きでないことは間違いない。
話を戻すが、筆者は「守秘義務という理由は分かるが、公益性・透明性が求められる公益財団法人で、理事会の内容をオープンにすることなく現場の理解を得られるのか」と問いたい。スポーツ庁と日本スポーツ協会、橋本聖子政権下で再開されるであろうJOCにならい、理事会の会議を報道陣と希望する登録会員に公開するべきだと主張する。
審議過程でだれが何を発言したかが伝わると、自由活発な議論が阻害される、という理論も分からなくはない。筆者は実名で協会のおかしいと思うところを批判し、反対意見が出てもひるむつもりはなく、歓迎もするが、そんな人間ばかりではない。報復を恐れ、口をつぐんでしまうケースもあるだろう。
はっきりと主張したい。そんな信念のない人間は理事になってはならない。スポーツ界に起きる不祥事のいくつかは、いまだに残っている上下関係の中、不透明な組織運営がまかり通ることが根源だ。
理事会の密室化は言語道断。議題を現場にも投げかけ、現場の意見をすくいあげ、理事会での議論に反映させてこそ、アスリートファースト、現場ファーストの競技団体になっていく。人事や予算など多くのことが、現場から離れている理事数人の話し合いでほぼ決まり、不正があってそれが議論されても、守秘義務という名目のもと闇から闇へと葬られる…。そんな協会であってはならない。
国会議員にそれが求められるように、公開の場であっても正々堂々と持論を主張できる人間が理事に就任するべきだ。「長いものに巻かれろ」「上の人間の前では何も言えない」という理事は必要ない。特に、人事と金銭の流れは密室の中でやるべきではない。現在、現場の不満の多くは金銭面だ。
「以前は10万円だった海外遠征の自己負担が、なぜ20万円を超えるようになったのか(一時期、なぜ30万円近かったのか?)」
「世界選手権のスパーリングパートナーを頼まれ、なぜ20万円を超える自己負担金を請求されるのか? 練習相手として来てくれ、として協会が交通費や滞在費の全額を出すべきではないか」
「2024年までは6,000円だった全日本選手権・全日本選抜選手権の参加料が、なぜ一気に1万円にはね上がったのか」
「出場料や遠征自己負担金の増額を一方的に決めながら、協賛企業の獲得やテレビ中継の再開(放映権収入獲得)に対して協会はどんな努力をしているのか」
「2026年の登録費が、何の説明・通達もなく値上がった(中学生500円 → 1,000円など)。説明と懇願があってしかるべきではないか」=まだ知らない人がほとんどでしょう
といった不満は、協会幹部の耳に届いているだろうか。理事会で議論されたとも伝え聞くが、はっきりしたことは分からない。説明はないし、理事が話してくれないので現実が伝わらない。現場は「協会は財政充実に何の努力もせず、選手とその家族や所属に押しつけるだけ」と解釈している。
当然だ。情報が遮断されているのだから。筆者は、富山英明会長から慣れない企業回りの苦労談を聞いたことがあるので、「努力しているんだな…」程度の認識は持っているが、筆者の立場であっても全体像はつかめない。
すべてを密室の中で決め、外部に話すことを禁止するから、「国からの補助金、参加料、登録費、企業からの協賛金などはどこに流れているのか? だれかの懐に入っているのでは? 表に出せない経理をやっているのでは?」などと痛くもない腹を探られる(痛い腹なら問題)。理事会の密室化が、協会と現場との間に大きな溝をつくっている事実を、協会幹部はしっかりと認識し、改善してほしい。
ドアを開けて風通しのいい協会にしなければ、現場が協会幹部の苦労を知ることもない。スポーツ庁などの上部団体を見習い、理事会会議の公開を強く望みたい。そう主張する理事・評議員が出てきてほしい(何もしないことがばれると困るから公開には反対、という理事もいるかもですね…)。
【注】日本レスリング協会の歴史の中で、理事会の会議を報道陣に公開したことが一度だけある。1995年12月の理事会だ。約1ヶ月前の理事会で、1996年アトランタ・オリンピックの予選(翌年4月)へ出場する代表選考について、「①全日本選手権の結果、②過去の実績、③必要に応じたプレーオフ」で決定することが決まった。世界での実績を持っている2選手が、風邪とじんま疹で全日本選手権を欠場。②③の扱いを巡り、「不明瞭な代表選考はしない」との方針のもと、報道陣に会議を公開した。
背景として、マラソンや柔道などで、「過去の実績」を理由に予選で負けた選手が代表に選ばれるなど不明瞭とも言える選考が少なくなかったことがある。レスリング協会は、公開することで公明正大な選考を目指した。理事会の会議を報道に公開した競技団体は史上初。画期的な決断とマスコミから高く評価された。
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