(文=編集長・樋口郁夫)
原点回帰-。オリンピックで金メダルを量産しながら、競技人口がなかなか増えない女子レスリングに、“秘策”があったことを感じさせてくれた練習だった。
1月27日、東京・安部学院高で実施された女子プロアマの合同練習。同高~日大OGで、今や日本の女子プロレスを代表する選手に成長した橋本千紘(センダイガールズ)の呼びかけに呼応し、約20人の若手プロレスラーが参加。プロレス活動に生かすべくレスリング技術を学んだ(関連記事)。
昨年6月から定期的に実施しており、今回が7回目。初めて取材した筆者は、他競技の選手ならそれだけで音(ね)をあげるであろうレスリング流のウォーミングアップと体力づくり、タックルなどの基本技術の指導と反復が展開されるのかな、くらいに思っていた。とんでもなかった。
“本職選手”を相手にしたスパーリングは、見事に形になっていて、過去6回の練習の成果を感じさせてくれた。同じ組み技格闘技でも、初めてレスリングを経験する柔道選手なら、このようなスパーリングにはならない。どのプロレスラーも真剣にレスリング練習に取り組んできたゆえだろう。
選手の息づかいのすごさも感じられた。プロレスは観客の反応を意識した闘いが必要なので、勝利だけを目指して一心不乱に攻撃することはない。安部学院高で行われた練習では、彼女らは必死になって攻撃し、レスリング選手のスタミナに食いついていっていた。レスリングの体力と技術を学んで吸収したい姿勢が、ひしひしと伝わってきた。
40年前にスタートした日本の女子レスリングは、女子プロレスとの交流なくしてはありえなかった。選手を集めるため、クラッシュギャルズ人気で絶頂だった全日本女子プロレスのテスト(1985年は応募総数が約4,000人。書類選考を経てのオーディション参加者が約2,000人。最終合格者は10人にも満たなかった)に落ちた選手や、合格して練習生となった選手にレスリングの練習や試合に参加してもらい、頭数をそろえた(プロアマ規定があったが、練習生はアマだった)。
全日本女子プロレスの後楽園大会で全日本女子選手権を開催させてもらい、世間に知られていなかった女子レスリングの存在をアピールした。もし、女子プロレスとの“タッグ”がなかったら、日本の女子レスリングは、現在のような発展はなかったと思われる。
その“タッグチーム”は細々ながら続いていたが、1997年に全日本女子プロレスが経営危機に陥り、不渡りを出して実質的に倒産。かろうじて再建したものの、レスリングとの交流どころではなくなった。プロレスの質が変わり、強さより華やかさが求められたこともあって、男子はともかく、女子のプロアマの交流は途絶えてしまったのが現状だ。
今回の若手女子プロレスラーのレスリングを学ぼうとする目の輝きを見ていると、目指す方向こそ違えど、両者は密接なつながりがあることを感じた。プロレスは、肉体の強さと体力をベースにした格闘能力がなければ、できるものではない。それを、だれよりも感じているのが、この日参加した若手プロレスラーなのだろう。
女子の競技人口が増えない現在、原点に戻るのも一案ではないか。すなわち、再開されたプロレスとのタッグを強固なものとし、それによって選手を集めることがあっていい。レスリング側は競技人口の増加につなげられ、プロレス側はベースがしっかりした選手が増えてハイレベルの試合を提供できる。
プロレスラーを目指してレスリングに取り組むうちに、レスリングに魅せられて方向転換する選手も出てくるだろう(現に、それでスタートして世界チャンピオンになった選手もいる)。理由は何でであれ、レスリングの入り口を広げることが必要。
入り口が広がれば、出口も広げてやらねばならない。女子プロレスが盛んになれば、レスリング選手の進路のひとつとなる。
外国のことなのでピンと来ないかもしれないが、現在の米国の女子プロレス人気は男子に引けを取らない。世界最大のプロレス団体WWEが2019年4月7日にニュージャージー州のメットライフ・スタジアムで行った「レッスルマニア35」は、初めてメーンイベントで女子の試合が実施され、実に8万2,265人の観客を集めた。オリンピックのマットで、これだけの観客を集めるのは、現段階では考えられない。
WWEでの女子の位置づけは、以前は女子マネジャーがリングに上がって男子の試合に華をそえたり、リング下から試合をかき回したりする余興的な立場だった。選手であっても、お色気を前面に出した前座だった。今は、女子が主役の大会も多く開催されている。
この“女子プロレス革命”を生んだのか、日本の女子プロレスラー(橋本千紘の所属するセンダイ・ガールズの里村明衣子社長もWWEに出場している)。現在でも、アスカ(ASUKA)やイヨ・スカイ(IYO SKY)などの日本女子選手が主力選手としてWWEを席巻している。
日本でも、昨年12月29日に両国国技館で行われたスターダムの大会で6,563人の観客を集めた。テレビ放映がないのでクラッシュギャルスの時代とは様相が違うが、そのくらい人気を博しているのが現在の女子プロレス。“レスリング力”のしっかりした選手がWWEへ進んだら、アスカやイヨ・スカイ以上の人気を獲得することも可能だろう。
レスリング選手の輝ける場所は、オリンピックや世界選手権のマットだけではない。超満員の観客に囲まれた華やかなプロレスのリングで、オリンピック以上の輝きを放つこともできる。
「八田イズム」と言っても、今の選手や若い関係者は何のことか分からないだろうが、日本レスリング界のベースをつくった八田一朗・日本協会第3代会長(1983年没)は「プロとアマは車の両輪。プロが栄えれば、アマも栄える」と主張。プロレスを見下す風潮があった時代のレスリング界で、プロレスとの共存を実践していた。
現在、プロレスへの偏見を持つレスリング関係者はごく少数だろう。あれだけプロレスを“嫌っていた”柔道界が、ウルフ・アロン(2021年東京オリンピック金メダリスト)のプロレス入りを快く送り出し、東京ドームのデビュー戦では男子日本代表の鈴木桂治監督が太鼓をたたいてエールを送る時代なのだから。40年前以上に、プロレスとのタッグはたやすくできる。
筆者は、8万人を超える観客を集めるプロレス人気は、レスリング界が目指すべき目標だと思っている。まばゆいばかりの熱狂と歓喜の中で、これ以上はないと思われる輝きを放つレスリング出身選手が出てきてほしい。それは、必ずレスリング界に還元されるはず。八田イズムは間違っていない。
繰り返すが、レスリング選手の輝ける舞台は、直径9メートルのキャンバスの上だけではない。マットで汗を流した選手が、8万人の観客の中で輝きを放つスターになったなら、それは私たちレスリング界の誇りだ。
プロレスのトップを目指す選手は、レスリングの世界に足を踏み入れ、レスリングの大会に参加して実力を試してほしい。レスリング力を身につけ、レスリング出身選手としてプロレスの世界で真っ赤に輝いてほしい。
人生の耀きを目指すのは、若さの特権。だれもが耀きを目指すことができる。オリンピックが、すべてではない! いくつもの耀きがある! そんなことを感じさせてくれたプロアマ合同練習だった。
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