2025.12.27

【2025年全日本選手権・特集】女子16年ぶりの快挙! “絶滅危惧種”復活の原動力となるか…女子72kg級・吉武まひろ(長崎県協会)

 2025年全日本選手権の女子72kg級は、長崎県の特別支援学校に勤務する吉武まひろ(長崎県協会)が優勝。“プロ”ではない一般社会人選手として日本一へ輝いた。

 吉武は「学生時代にも(65kg級で)優勝していますけど、社会人になって、また優勝できて、うれしく思います」と話し、練習環境が恵まれているとは言い難い中からのチャンピオン返り咲きに感慨無量の表情。10月のU23世界選手権72kg級は銅メダルに終わり、金メダル獲得の目標は達成できなかったが、働いている特別支援学校の生徒から「次こそ金メダル」と言われたそうで、「約束を果たせてよかったです」と声を詰まらせた。

 決勝の相手の吉田千沙都(南九州大)は、吉田沙保里の姪として期待され、1年生で学生チャンピオンに輝いて急成長を見せている選手。だが、6月の明治杯全日本選抜選手権ではテクニカルスペリオリティで勝っていたので、「今回も負けたくない、という気持ちで闘いました」と言う。

▲学生チャンピオンを下し、この階級での初優勝を達成した吉武まひろ(長崎県協会)=撮影・矢吹建夫

 女子がオリンピック種目になる前は、埼玉・埼玉栄高校教員だった清水真理子住友海上火災のOLだった宮崎未樹子ら、いわゆる“純アマチュア社会人”で全日本チャンピオンに輝く選手は何人かいた。オリンピック種目になったあとの社会人選手の全日本チャンピオンは、大半がレスリングが仕事のすべて、あるいは8~9割という“プロ選手”。

 “純アマチュア社会人”で全日本チャンピオンに輝いた女子選手は、清水(前述)のあと、2009年の正田絢子(京都・網野高教)がいるだけ。企業のアスリート採用が盛んになり、教員での全日本チャンピオンは男子でも“絶滅危惧種”と言っていい時代。吉武の優勝は、大学を卒業してもレスリングを続けたい女子選手に希望を与える栄冠と言えるだろう。

▲6月に続いて若手成長株を寄せつけなかった=撮影・矢吹建夫

恵まれた練習環境から、地方での活動へ

 吉武は、日体大時代の2022年U20世界選手権65kg級優勝を経て、同年と翌2023年の全日本選手権を制した。当時のチームには、2021年世界2位の森川美和(現ALSOK)宮道りん(現一宮運輸)、2023年U23世界選手権優勝の大野真子(現不二精機)らがいて、世界チャンピオンに輝いた藤波朱理が入学。国際舞台を目指せる練習環境の中で実力をつけ、卒業直後の2024年アジア選手権で金メダルを取るなど飛躍した。

 卒業後の進路は故郷・長崎県での教員。練習場所は母校の島原高校が中心となった。社会人の女子選手は皆無で、練習相手はもっぱら男子高校生。選手活動を続けていることは周囲も理解し、「練習に行っていいよ」と配慮してくれるそうだが、練習に行けないことも多く、世界を目指す選手としては満足いく環境とは言いがたい

▲男子高校選手を相手に、“楽しく”練習=2025年6月、島原高校(撮影・保高幸子)

 それであっても、工夫次第で実力を落とさず、むしろアップできることを証明した。高校生といえども男子選手はパワーがあり、それを上回る女子選手は、そういない。階級を65kg級から72kg級にアップしたのは、強豪が集まる68kg級を避けるためもあっただろうが、パワー対策を十分にこなしており、この階級でもできるという目算があったからだろう。

 この優勝で来年のアジア選手権への出場が内定。72kg級でシニアの国際舞台へ再挑戦する。「世界の72kg級で闘うための準備をし、世界選手権を目指していきたいと思います」と話し、5月の明治杯全日本選抜選手権でも勝って世界選手権初出場も視野に入れた。

 2009年に、教壇に立ちながら(生徒に髙橋夢大=現三恵海運がいた)全日本チャンピオンに輝いた正田絢子・現丹後緑風高コーチ(前述)は、学校の理解もあって試合や遠征にも参加することができたと述懐する。「大変でしたが、それ以上に周りが大変だったと思います。だからこそ頑張れたと思います」と振り返っている。

 佐渡のトキなど、絶滅が危ぶまれながら人間の努力で回復した動物は数多い。恵まれない環境の中でも、周囲の理解と協力のもとで世界へ飛躍する吉武の努力は、地方教員を含めた“純アマチュア社会人選手”の希望となるに違いない。

▲23世界選手権(10月)で闘う吉武。優勝はならなかったが、シニア世界選手権でのリベンジを目指す=UWWサイトより