昨年のパリ・オリンピックでは、企業チームから三恵海運(日下尚、清岡幸大郎)とミキハウス(文田健一郎、樋口黎)で2人ずつのチャンピオンが誕生し、この世の春を謳歌した。今年の世界選手権ではクリナップから青柳善の輔(男子フリースタイル70kg級)と石井亜海(女子68kg級)が優勝し、後に続いた。
Jリーグの繁栄が示すように、企業の力はスポーツの発展に欠かせないパワー。多くの企業のレスリング支援が望まれる。クリナップの世界チャンピオン2人に、世界選手権を振り返ってもらった。(司会=樋口郁夫)
--世界選手権から2ヶ月以上が経ちましたが、世界チャンピオンになった率直なお気持ちからお願いします。
青柳 今も余韻がある、ということはありませんが、SNSなどの動画を目にすると、「世界チャンピオンになったんだなあ」と、あらためて感じます。
石井 去年は72kg級で、オリンピアンのいない中での優勝。うれしさ半分、悔しさ半分でした。今回は、パリ・オリンピックに出ていた選手がいる中で優勝することができ、とてもうれしかったです。
青柳 去年の世界選手権は2位でした。そこから気持ちを立て直すことは比較的早くできたのですけど、今年の全日本選抜選手権で負けたショックが大きかったです(プレーオフで勝って世界選手権代表へ)。そのとき、多くの人が激励してくれたことがうれしく、気持ちを切り替えられたのが優勝できた要因だったと思います。国際大会を多くこなし、海外選手を相手にしたときの対策を練ることができたのが勝ちにつながりました。
--アジア選手権を含めてランキングにつながる大会に出て結果を残し、第1シード権を獲得したわけです。第1シードで臨む世界選手権というのは、いい気持ちだったのではないですか?
青柳 それほど意識はなかったですね(笑)。試合数が少なくなるので、それはうれしかったです。
--石井選手は階級を変えての世界選手権。パリ・オリンピックに出た選手も多くいてレベルが高くなった中での闘いは、いかがでしたでしょうか?
石井 厳しいのは覚悟で臨みました。勝てなかったら、周囲から「パリに出ても勝てなかったんじゃないか」と思われるし、自分でもそう考えてプレッシャーを感じる部分もありました。でも、楽しむことを優先しつつ、全選手にテクニカルスペリオリティ勝ちするくらいの気持ちを持って臨めたのが、よかったと思います。
--シード権はなかったわけですが、そのあたりはいかがでしたでしょうか?
石井 ノーシードで勝ち上がった方が、かっこいいかな、と思いました(笑)。
--大会で強烈な思い出に残っている試合は?
青柳 1回戦ですね。これまで逆転負けしたり、投げられたり、けがをさせられたりで一度も勝ったことのない相手(エルナザル・アクマタリエフ=キルギス)なんです。その試合をワンアクション(アンクルホールドの連続)で勝てたことが大きかったです。
--続く2回戦(イスマイル・ムスカエフ=ハンガリー)で、試合中と試合後にすごい出来事がありましたね(注=試合中にパンチ受け、試合後の廊下で襲撃される=のちに和解)。それは、どんなふうに影響しましたか?
青柳 あまり気にしてないです(笑)。試合は普通に勝ちましたし、殴られたり、蹴られたりしたことは、もう終わったことなので、いいかな、と思っています。
--石井選手は、3回戦で闘ったアメリカの選手との試合が周囲からも注目されていました。実際には、まだ途上選手のようですが、パリで見せたジャーマンスープレックスの印象がすごかった選手。意識はしていたのではないでしょうか?
石井 事前に動画を見て研究していました。ジャーマンがすごい選手ですが、それ以外では、あまり秀でている選手ではないと思いました。目立っていた選手だけに、周囲の予想を覆せたら楽しいかな、と思っていました(笑)。
--続く準決勝のトルコ選手(ブセ・トスン=トルコ)は、因縁の相手でしたね。2023年世界選手権でこの選手に勝っていればオリンピック代表に内定した、という選手。そのことが脳裏に残っていたりしましたか?
石井 その事実は無視しないようにしました。最後に逆転負けした前の試合を思い出しました。そのあと、パリの代表を逃し、テレビでオリンピックを見て悔しい気持ちを持って練習を続け、去年のU23とシニアの世界選手権で勝った過程を振り返りました。2年前と今の自分を比べ、同じレベルのわけがない、という気持ちになり、強気の気持ちで闘えました。
--決勝は、お二人ともやや慎重になり、準決勝までの一気に攻めるという内容ではなかったですね。やはり、決勝はそうした闘いになりますか?
青柳 練習したこともある相手でした(ツルガ・ツムルオチル=モンゴル)。その経験からでしょうか、自分のやりづらいような試合をつくってきました。その中で、ワンチャンスでポイントを取ることができましたが、もう1、2回、ポイントを取れればよかったです。決勝ということで硬くなっていましたね。反省の多い試合でした。
石井 準決勝まで全部テクニカルスペリオリティで勝っていたので、決勝も圧勝するつもりでいました。でも接戦になり、最後も脚を取られて危ない内容になりました。勝ったときは、すごく喜びたかったのですけど、『まだまだ。帰って練習だ』という気持ちになっていたのが正直なところです」
--そのあとのウィニングランが、新鮮でかっこよかったです。普通は国旗を両手で背中に回し、マットをゆっくり一周ですけど、全速力でマットを回りましたよね。
石井 海外の選手で、そうしたウィニングランをやっている人がいたんです。決勝の内容は悪かったのですが、優勝をしっかり味わおうと思って、全力で走りました。
--評判よかったでしょう?
石井 けっこう言われます(笑)。
--世界選手権までの準備についてお聞きします。代表に決まってから大会までの数ヶ月間、一番重点を置いて強化したところは何でしたでしょうか?
青柳 自分は下から攻めていくタイプなので、それを徹底することを意識していました。あとはグラウンドの強化です。
石井 デフェンスは頭の隅に置いておき、どうポイントを取るか、という攻撃を中心に練習してきました。
--現地に入ってから気をつけていたことは?
青柳 買い物をしたり、できるだけ試合のことは意識しないようにしました。相手選手への先入観は持ちたくないので、あまり研究はせずに臨みます。まったく知らない選手に対しては、どんな技を持っているのかな、と少しは頭に入れるようにしています。
石井 せっかくクロアチアまで来たので、試合以外のことも楽しもうと思い、散歩して街を見物するとかして時間をすごしました。現地で対策をしても自分のスタイルが崩れてしまうので、日本で研究していたものを持ち込む、という感じです。