2025.11.20NEW

【直言! 過去・現在・未来(14)】浮上したレスリングほかの冬季オリンピック移行案、固定観念にとらわれない議論を望む!

 共同通信の特ダネで、国際オリンピック委員会(IOC)が夏季オリンピックの中の何競技かを冬季オリンピックに移行することを本格的に検討することが報じられた。今年6月に史上初の女性会長に就任したカースティ・コベントリー会長(ジンバブエ)のもとで、肥大化する夏季オリンピックの対応として、移行の意見が出たとのこと。

 移行の対象となっているのは室内競技で、バスケットボールのようなメジャーな競技も俎上(そじょう=まないたの上)に挙がっているもよう。体育館の中で行うスポーツは、外が氷点下で、雪が降っていても競技に大きな影響はないから、移行の対象は必然的に室内競技になってくる。

▲体育館の外は雪。オリンピックのレスリング競技の光景となるか=2010年1月、ヤリギン国際大会(ロシア)

 レスリングの冬季オリンピックへの移行は、2013年にレスリングがオリンピック競技からの除外危機に面したとき、日本レスリング協会の福田富昭会長が「冬季に移してでも」と存続への気持ちを表し、それが記事になったりしたが、IOCとして議論されたことはなかったと思う。オリンピックが肥大化して開催に手を挙げる都市が少なくなり、状況が変わった。

 あれほどオリンピックの抑制が叫ばれていながら、少しずつブレーキがゆるみ、2028年ロサンゼルス・オリンピックは、36競技351種目(追加競技を除くと31競技341種目)が行われ、参加予定選手は1万1,198人の予定。アジェンダ2020(2013年のトーマス・バッハ会長就任後に打ち出されたオリンピック改革)で決めた「28競技・310種目・1万500人の上限」は、いったい、どこへ行ったのか(米国テレビ局のごり押しだと思うが…)。

 2032年ブリスベン大会は、その反動というか財政上の問題で競技数・種目数が減らされる見通し。新政権下で「聖域なき改革」の実行が予想される。そうなると、男女同選手数の原則によって、レスリングはいよいよ男子の一本化という事態に直面する。あるいは「フリースタイル3階級、グレコローマン3階級」か? いずれにせよ、世界のレスリング界はIOCの動向から目を離してはならない。IOCの動きに敏感になり、わずかな情報でも見逃さず、事が起こりそうになったときには即座に対応することが必要だ。

▲2032年にオリンピックが行われるオーストラリア・ブリスベン。レスリング競技は、どんな形で行われるだろうか?

2013年のオリンピック除外危機の反省は生かせるか?

 2013年の除外危機のときは、レスリング界の人間のみならず取材するメディア側にとっても寝耳に水。日本の大手新聞の記者は「近代五種が除外、という予定記事を持ってローザンヌへ向かった」そうだ。詳細に検証してみると、その兆候・可能性は存在した。国際レスリング連盟(FILA=現UWW)の役員は、だれ一人としてその動きをキャッチできなかった。

 IOC理事会があったホテルに一人の関係者もいなかったのは、レスリングだけだったとか。その反省をいかさねばならない。レスリング界は今回のIOCのこの議論にどう対応するのか? 

 IOC委員でもある日本オリンピック委員会(JOC)の太田雄貴専務理事は、報道陣の質問に対して「IOCの理事会決定、もしくは総会決定を待ちたい」と、“政治家”のような当たり障りがない対応。たぶん、日本レスリング協会も静観だろう。それなりの地位につくと、うかつなことを言っては、どこかから突っ込まれて立場が悪くなるので、それも仕方ないのかもしれない。

 その点では、米国のトランプ大統領は、言っていることの是非はともかく、自分の考えを率直に口にし、行動に移すことが多い。強引で賛成できないことも多いが、リーダーシップや行動力という点では評価される。そのあたりが支持を得て大統領に返り咲いたのだと思う。

 日本レスリング協会は、UWWに理事がいなくなったことで、世界のレスリング界にノータッチ、と言うか、相手にされなくなっているのが現状。女子、最近では男子でも大きな勢力になっているのだから、世界のレスリング界を引っ張る心意気を見せてほしい。スポーツ庁の「理事の任期は10年まで」というガナバンスコードを逸脱して今期の日本協会の役員を決めたのは、「世界とのつながりを持っているなど余人をもって代えがたい」が理由。現政権には、UWWと太いパイプをつくる義務がある。

▲かつては世界の首脳と肩を並べた日本。競技力強化だけでなく、政治力の復活も課題だ=2013年5月のIOC理事会

オリンピックから除外されてはならない伝統のグレコローマン

 地位もなく、協会ホームページという縛りもなくなって自由にものを言えるようになった私の冬季移行への意見は、「反対」-。理由は、レスリングが冬季大会に移行したら、ビーチの採用が絶望的になるからだ。いくら何でも、体育館に大量の砂を運んで試合場をつくり、暖房が入った中でビーチの試合をやることはないだろう。オリンピックでビーチが新採用されない場合、グレコローマンが除外される可能性が高まる。伝統のグレコローマンのオリンピック種目からの除外は、断固反対!

 レスリングは、現在のオリンピック競技の中で男子の比率が最も高い競技(66.7%が男子)。男女同選手数を求めるIOCの中で問題視されている。UWWは、男子グレコローマンの対として、女子のグレコローマンではなくビーチの採用を進めて男女同数に持っていこうとしている。それゆえに、来年のユース・オリンピック(セネガル)ではビーチのみが実施され(関連記事)、世界大学選手権などあらゆる分野でビーチを導入(関連記事)。

 今年の世界選手権の最中に行われたUWWカンファレンスでも、ビーチの振興を目指すことが確認された(関連記事)。日本の多くの人はピンと来ないかもしれないが、世界はビーチをオリンピック種目にする方向で動いている。男子のビーチ選手には泣いてもらうことになるが、女子ビーチの採用が、グレコローマンを守る方法だ。

▲世界のレスリング界は、ビーチをオリンピック種目にすることで動いている=UWWサイトより

世界は、強豪国の日本の行動を待っている

 もちろん、自由な論議によって、どんな方向に話が進むか分からない。冬季大会に男女のフリースタイル、夏季大会に男子グレコローマンと女子ビーチという可能性もあり、「それなら冬季への移行もいいか。全体の選手枠が増えるかもしれないし」という気持ちもある。ただ、冬季オリンピック競技連盟連合(AIOWF)は、「冬季オリンピックは雪と氷の上で行われるスポーツの祭典」として、いち早く反対の声明を出し、移行自体が未知数。

 以前、春か秋にオリンピックを新設し、マラソンや屋外球技など夏に向かない競技をそこでやる案も出ていたような記憶がある。それぞれの競技の立場を尊重し、固定観念にとらわれない議論で、いい方向を目指してほしい。

 そのためにも、レスリング界で多くの意見を集約するべきだ。FILAの時代は、数人の権力者のみが組織を動かし、現場の意見を反映させることもなく進められていた。1994年に1年だけ採用され、あっという間に廃止された理不尽な組み合わせ方式、ピリオド制、同点で試合が進んだ場合のクリンチなど、現場の多くが疑問視するルールが実行された。

 2013年のオリンピックからの除外危機で組織を一新。アスリート委員会が新設されるなど民主化を進めたのがUWW。ならば、現場の意見を集約してIOCと相対するべきであり、世界の強豪国である日本は、その中心的な立場にならねばなるまい。UWW理事でないからネナド・ラロビッチ会長と話ができないわけではない。冬季大会への移行についての意見をまとめ、ラロビッチ会長にぶつけてほしい。2032年ブリスベン大会でのグレコローマンの実施が「不透明」という危機に面していることを、しっかりと認識しなければならない。

 世界は、強豪国であり、女子のオリンピック採用の原動力となった日本の行動を待っているはず。トランプ大統領なみの強いリーダーシップと行動力を持った人間によって、世界のレスリング界の発展に寄与するべきだ。


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