昨年12月に右ひざの前十字靱帯を断裂し、手術とリハビリを余儀なくされた日本男子グレコローマンの最年少全日本王者、60kg級の金澤孝羽(こはく=日体大)が約11ヶ月ぶりに実戦復帰。準決勝の全日本学生選手権2位の德原誠馬(専大)との試合こそ4-3で競った試合となったが、あとの4試合は快勝と言える結果と試合内容で優勝を飾った。
金澤は「約1年ぶりの試合。緊張はそれほどなかったけど、1回戦は試合と練習の感覚の違いがありました」と振り返る。そこを乗り越えると、徐々に感覚が戻ってきて、「レスリングは楽しいな、という気持ちも大きかったです」と言う。
1回戦から10-1、8-0、7-0、準決勝の4-3、決勝の9-0のスコアから分かるように、次々と技がかかれば「楽しい」という気持ちになるのも、もっともだろう。
東京・自由ヶ丘学園高時代の2022年12月の天皇杯全日本選手権・男子グレコローマン55kg級を「17歳4ヶ月9日」で制覇。日下尚の「19歳0ヶ月22日」の最年少記録を更新し、グレコローマンでは初めて高校生で全日本チャンピオンに輝いた。
翌2023年春に右ひざの靱帯を負傷し、手術を受けるほどの重傷を負ったが、ブランクを経て復活。日体大に進んだ昨年年4月のJOCジュニアオリンピックカップで“ポスト文田健一郎”の候補の一人だった五味虹登(育英大)を破って優勝(関連記事)。大器の片りんを見せた。
五味には同年の国民スポーツ大会でリベンジされているので、本当の意味で追い越したわけではないが、U20世界選手権で5位に入賞するなど世界へも目を向けた矢先の2度目の負傷。同じケガだったので、「もう終わった…」という気持ちもよぎったとか。だが、経験は人を強くする。2度目だけに、切り替えも早かった。
今年2月の手術のあと、約7ヶ月間、リハビリと体力トレーニングを続け,スパーリングができたのは先月。最初の練習では「足が動かず、技術も空回りだった」と言うが、ベースがしっかりしていることに加え、先輩のアドバイスもあり、徐々に力を取り戻していった。
本格的復帰から間もない優勝を「(ブランクの期間)筋トレを頑張りました。その成果が出てくれたのかな、と思います」と振り返る。その間、高校の同期生の坂本輪(現CWC)が日本代表となってシニア世界選手権に出場するなど、周囲の選手の活躍もあった。悔しい一方で、「絶対に追いつく!」という気持ちもあり、その思いが辛い日々を支えたようだ。
五味虹登(前述)がU23世界選手権出場のためこの大会を欠場したので、実力差がどの程度かは分からないが、この優勝で、この階級の日本代表争いに名乗りを挙げたことは間違いないだろう。
12月の全日本選手権には、パリ・オリンピック優勝の文田健一郎(ミキハウス)の復帰が予想されるほか、今月の国民スポーツ大会で虹登(前述)が世界選手権代表の稲葉海人(滋賀県スポーツ協会)を破って優勝するほど成長しており、一時的に63kg級で闘っていた昨年のアジア選手権2位の鈴木絢大(レスター)も戻ってくる見込み。全階級の中で「最も激しい争いが展開される階級」と言っても過言ではない。
もちろん、金澤はその厳しさを覚悟している。今大会は五味がいないことが大きかったことを十分に自覚しており、「絶対に越えなければいけない壁」と、まず同じ学生の五味を破ることが目標。そのうえで、文田を目標に世界で闘えるレベルを目指したいと言う。「この優勝で、気持ちがさらに燃え上がった?」との問いに、「はい。ここからが勝負です」と即答した。