(文=樋口郁夫)
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【9月15日(月)】
朝7時半ころに起きると、布施記者が先に起きていて記事を執筆中。開口一番、「(青柳とムスカエフが)和解したんですか?」。前夜、布施記者が執筆を終えて部屋に行ったあと、私も寝ようと思って、最後にネットサーフィンでニュースをチェックしたところ、ムスカエフからマット上でのバイオレンスファイトと試合後の襲撃を受けた青柳善の輔が、ムスカエフと和解というインスタが目にとまったんです(関連記事)。
私も寝たい気持ち十分だったけれど、これだけのニュースを翌日に持ち越すことができないのが、記者の性(さが)。眠さをこらえて、記事を書き、アップしました。ですから、布施記者は朝になってこのニュースを知ったわけです。おかげで睡眠時間が30分くらい削られました。記者という職業、特にフリーランス記者は、私は人には絶対に勧めません。
実際に、最近はフリー記者というのが以前よりぐっと少なくなっています。格闘技雑誌も次々と廃刊され、新聞も経費削減で、正社員のみならず外部執筆も削っているので、書く媒体がないんです。SNSの時代になって、だれもがニュースを発信できる時代。記者という職業自体がなくなるかもですね。
でも、絶対になくしてはならないと職業でもあると思います。権力の監視や歴史を残すことの大切さなどを含め、重要な役目があります。AIでは絶対にできないことがあります。世の中に記者がいなくなったら、あちこちで戦争が起こり、独裁政権の国が誕生すると思います。それらを阻止するのが、記者の仕事です。
レスリング界から記者と呼べる人がいなくなり、各自が発信するSNSだけの世界になったら、どう思いますか? レスリングが発展すると思いますか? 一部の人間が好き勝手にやり、歴史も残らない世界になると思います。そうならないために、記者の存在は不可欠だと思います。
▲世界選手権に訪れる記者・カメラマンの高齢化が進む中、20代の成國琴音カメラマンは外国記者・カメラマンの人気の的でした^^ いいな…(右上の人は偶然映っていただけです。目立ちたがりの記者で、撮影を知って入ってきたわけではありません)
話を元に戻しますが、あんなひどいことをしたムスカエフが、おとがめなし、というのも変な話。2年前の世界選手権では、試合に関係ない選手がペットボトルを投げて試合を妨害したことに、1年間の出場停止だったのに。日本チームは、きちんと抗議するべきだったのではないかと思います。ペットボトルのときは、抗議文を提出したんですよね。今回は、どうだったのでしょうか?
午前中の数時間でしたが、小学生と思われる集団が観客席の一角を占めたこともありました。課外授業という感じか。クロアチア選手が出てくると、大きな声援。選手が引き上げる出口に集まって記念写真をねだることもある。レスリングをきちんと知っているような気がした。セルビア選手を応援していたようなシーンもあった。元は同じ国(若い子は「ユーゴスラビア」という国、知らないかもですね…)。仲間意識があるのかな?
会場の一角には、世界のレスリングと呼べる格闘技、および往年の名選手の等身大のパネルがあった。アレクサンダー・カレリン(ロシア)、伊調馨、ブバイサ・サイキエフ(ロシア)、ミハイン・ロペス(キューバ)、アレクサンダー・メドベジ(ソ連=ベラルーシ)の5選手。私の若い頃のスターだったジョン・スミス(米国)やセルゲイ・ベログラゾフ(ロシア)、日本レスリングの英雄、吉田沙保里がないのは不満だけど(伊調馨があるからかな?)、この全選手の偉大さを言える人は、かなりのレスリング・オタクでしょう。特にアレクサンダー・メドベジ。普通は知らないですよね。
【9月16日(火)】
試合開始前、午前9時からUWWのメディアコミッションの会議。UWW記者のケン・マランツさんに通訳をお願いして出席しました。9月13日の「直言」でも書きましたが(関連記事)、通訳つき参加には肩身の狭さがあります。メンバーにはイランの人もいますけど、欠席。結局、私一人が通訳付きです。
事前にUWWデータベースの改善要望を文書にしてメンバーに送っていたので、そのことについても論議してくれました。「日本では、オリンピックで金メダル8個を取っても、決してメジャーな存在ではない、メディアのレスリングへの注目は高くない」との指摘に、一堂驚いていて、アクロジャン・ルジエフ委員長(ウズベキスタン)からも「なぜだ?」と聞かれました。
日本は野球やサッカーがメジャーで、なかなか入り決めないのは事実。しかし、いろんな工夫で人気競技へ変えていく努力が必要です。何度も書きますが、オリンピックの成績と人気は、単純につながらないんです。
ドイツの記者からは、U20やU17世代の世界選手権や欧州選手権のメディア対応はなってない、との指摘。日本に来て明治杯を視察したこともあるビネ記者(インド)から「最低、テーブルと電源、wifiは必要」との提言。それらもない大会も少なくないのでしょう。
今大会でも、私達がいる記者席の裏側、通路をはさんだところに第2記者室とも呼べるスペースがあり、テーブルと電源が用意されていました。wifiは会場中に飛んでるので使えます。しかし、使う記者はいない。当たり前です。試合が全然見えないんですから。それなら、モニターを置いて、各マットの試合とスケジュールが見られるようにするとかしないと、意味がありません。
記者席が混み合って座る場所がなくなったときのために作ってくれたのでしょう。その気持ちは伝わりますが…。現場を知らない人の発想ということが分かります。どんなことでもそうだと思いますが、現場でやっている人の意見を聞かずに事を進めても、「?」になってしまうんですね。
その他、大会時のメディアホテルの確保、それができても、1泊200スイスフラン(約3万7,500円=出場選手の宿泊代です)は高すぎるので、もっと安いところ等、レスリングを取材する記者の便宜をはかり、レスリングをメディアに載せるための努力などが話し合われました。きちんと英語が話せて、いろんなことを提案し、話したかったです。
第1セッションの終わったあとの午後2時から、メディア・コミッション会議を開いた場所で記者会見があり、来年の世界選手権の開催地がバーレーンと発表されました。しかし、会見を開くほどのことかな、という感じもしました。まあ、せっかくバーレーン・オリンピック委員会の役員が来たので、会見して来年のことをアピールしたかったのでしょう。さっそく会場を調べ、近くの宿舎の予約と思いましたが、候補が2つあって、まだ決まっていないそうです。のんびりしている、と思う私でした。
世界選手権は、基本、その国の組織委員会が運営しますが、基本は世界レスリング連盟(UWW)の形でやります。最近の世界選手権の会場は、写真撮影エリアがマットから離れていて、しかも高い角度からなので、決していいポジションではありません。パリ・オリンピックは、カメラマンIDを持ってる人はマットサイドで撮影でき、中継で保高カメラマンの姿を確認した人も多かったようです。(記者席は会場のずっと上にあるので、私の姿は一度も映っていないでしょう。しかし、サボっていたわけではありません)
高くて遠い位置からのポジションは、選手の顔が映りづらかったり、影になったりします。私は、いつも通り、と思っているので、特に不満は感じませんでしたが、共同通信のカメラマンは「よくないポジションだ」と、撮影場所の不満を口にしていました。このあたりが、カメラマンのプロとアマチュアの違いなのでしょう。
【9月17日(水)】
インスタの投稿欄に「レスリング 世界選手権にパリオリンピック金メダリストが3名も出場しているのに、全く報道されないのは何故ですか? 男子だけで既に2名が金メダルを取って、1名が銀メダルを獲得していてもニュースにすら上がって来ないのも不思議なんですが。世界陸上で日本はこれだけ弱いのに、連日番組を組んでいる。
何故なんでしょうか?理由がわかれば教えてください」との書き込みあり。
こちらにいると、日本でどのように報じられているか分かりません。特に、こちらではヤフーは見ららないのです。グーグル・ニュースで日本のニュースはチェックしていますが、新聞が写真入りである程度のスペースを割いているか、まったくのベタ記事(1段組み程度の小さなスペースに掲載される短い記事)をネットに上げているかまでは分からないのです。
各選手の必死さに接してるだけに、日本では小さな扱いなのか、、、、と残念でなりません。レスリング選手の苦労が、世間の多くに伝わってほしいと思います。
さて、前日から女子が始まり、一段と忙しさが増してきますが、日が経つにつれて少し余裕も出てくるので、会場内をぐるり一周。大会前、「ファン・ゾーン」がつくられるとかの記事を読んでいたので、それを確認しようと思いました。
そんなに大げさなゾーンではないが、小さなマットが用意されて、レスリングに刺激された小さな子が、そこでレスリングをやれるコーナーがあった。「アートコーナー」は、レスリング選手の絵を描いて、それを壁に貼るエリア。それが、どの程度レスリングの広報につながっているかは分からないが、子供達がレスリングに接する機会をつくる、という点では一理あり。レスリングに親しみを持ってもらおう、という姿勢は伝わってきますね。
第2セッションでは女子4階級のファイナル。50kg級は北朝鮮のウォン・ミョンギョンが中国選手を破って優勝。見た感じ、10代中盤かと思えるようなあどけない顔(UWW発表によると25歳!)。優勝したあと、男性コーチに抱きついて号泣。北朝鮮という国には戦前の日本のようなイメージがあるので、いくら師弟とはいえ、男女が公の場でこんなことをしても問題にならないのかな、という気持ちでしたけど、どうなんでしょ。
イランは、国内では、女性は素顔はダメだし(ヒジャブという頭髪や顔を覆うスカーフを着用)、レスリングを観戦することも禁止でしたが(今は一部でOKみたいです)、外国へ行ったらお構いなし。素顔でレスリング会場に来ています。そんな感じかな。北朝鮮の国内で女性が男性に抱きつくシーンは、ちょっと想像できません。
ウォン・ミョンギョンはレフェリーにも抱擁しました。レフェリーのみならず、チェアマン、ジャッジにも抱きつく喜びぶり。よほど、うれしいのでしょう。そういえば、2004年アテネ・オリンピックで、女子史上初のオリンピック・チャンピオンになったイリナ・メルレニ(ウクライナ)が、優勝したとき、レフェリーに抱きつきましたね。それを思い出しました。
《続く》