2025年世界選手権では、世界レスリング連盟(UWW)の1S審判員に昇格した古里愛里審判員(茨城・東洋大牛久中高教)がデビューし、復帰した本田原明審判員(自衛隊)が5年ぶりにホイッスルを吹いた(関連記事)。
古里審判員は最終日、初参加を振り返って「楽しかったです」と第一声。ふだん動画で見ている“スターレフェリー”と同じ舞台でレフェリングできたことに感動があったそうで、「オリンピックに出ていた選手もいて、日本選手も活躍して、その中で試合を裁けたことで楽しませてもらいました」と言う。
緊張は? まったくなかったことはないだろうが、1S級に昇格する前の主要国際大会デビューだった2024年アジア選手権(キルギス)から何大会かを経験し、今大会はさほどの緊張感はなかったようだ。国際大会自体は10年くらい前に初めて参加していて、そのときに指導してくれた審判員とも再会。「こういう大きな大会で再会できたことが、うれしかった」と言う。
英語教師だけあって、他国審判員とのコミュニケーションは十分にとれる。「レフェリング技術だけではなく、マットを下りたところでの審判員とのつながりも大事。そうした信頼感が、いいレフェリングにつながることを感じました」と振り返る。学校の生徒に「世界で通用するために英会話力の必要性と大切さを、経験をもって伝えることができると思います」とも話す。
本田原明審判員は、ノルウェーで行われた2021年大会以来の世界選手権参加。かつて経験のある舞台なので、大きな緊張感はなし。そのときとはインストラクターも世代交代し、“新たな組織”の中で新鮮な気持ちで臨めた大会だったようだ。
同審判員は「今回は、無難にこなすことを考えていました。止めるタイミングが違ったかな? などと感じたことはありましたが、大きなミスはなかったです」と振り返り、難なく終えた再デビュー戦だった。
世界選手権は初めてという古里審判員を他の審判員に紹介することに力を注いだそうだが、英語を駆使して「自らいろんな人とコミュニケーションをとっていた。心配することは何もなかった」と苦笑い。
男子フリースタイル70kg級で、イスマイル・ムスカエフ(ハンガリー)が青柳善の輔(クリナップ)にパンチなどをふるう“暴行ファイト”があり、ともに目の前に見ていた。「もしレフェリーだった、止めに入れた?」との問いに、古里審判員は苦笑いを浮かべながら「こういうことが起こったら、こう対処しなければならない、と最悪の事態を常に想定しています」と話し、本田原審判員は「自分ならレッドカードを出しました」ときっぱり。
審判団の中でもその話が出たそうで、青柳がその場で仕返しをしなかったことが「賞賛された」そうだ。この試合ほどでなくとも、ときに険悪な状況になることは、ときたま起こる。古里審判員は、そうなったら「早めに試合を止めてアテンション(注意)を入れ、一呼吸置くようにする」と言う。最悪の事態を阻止する手腕も審判員に求められていることだ。
今大会で初めて導入されたこととして、大会期間中に1日、休養日ができたこと。その日は会場に来ることも禁止され、レスリングから離れて完全休養し、心身を休めることが義務づけられた。古里審判員は米国審判員とともにリフレッシュしたそうで、「疲れがピークのときの7日目がオフ日でした。翌日から気持ちを切り替えられてでき、いい制度だと思いました」と話す。
また、ファイナル開始前に担当の審判員を発表し、担当のない審判員はホテルへ戻らせて休養させるなど、審判の“長時間労働”を解消する試みも行われたそうだ。
選手にとってロサンゼルス・オリンピックへの本格的な闘いが始まった今大会は、審判員にとっても、同オリンピックへの道のスタート。本田原審判員は明言しなかったが、古里審判員は「最終目標です。いきなり行くことはできないので、ひとつひとつの大会をしっかりこなしていきたい」と積み重ねを強調。次の国際大会となる10月末のアジア・ユース大会(バーレーン)でも、「しっかりこなしたい」と話した。
UWWインストラクターの小池邦徳審判員(天理大GM)は、本田原審判員に関しては「これまでの経験を生かし、落ち着いたレフェリングを見せていただいた。日本審判員のレベルの高さを感じた」と高評価。古里審判員に関しては、英語力を生かしてのコミュニケーション能力と人間性がセンレベント審判長(トルコ)ほか多くの審判員から高く評価されたと振り返る。
今年から就任したセンレベント審判長は、審判間でのコミュニケーションを大切にするとのこと。「世界のトップに行くためには、技術はもちろん、英会話能力が大切」と話した。
同審判員は、高い審判技術とコミュニケーション能力を見せた本田原、古里両審判員の今後に期待した。