(文=布施鋼治)
「チャンピオンベルトの重みは、これまで積み上げてきたタックルの重みだと思います」
2025年世界選手権第3日(9月15日)、男子フリースタイル74㎏級で優勝した髙橋海大(日体大)は、戴冠したばかりのチャンピオンベルトを肩にかけ、その感触に浸っていた。その言葉通り、タックル一本で制した世界一だった。「他のテクニックを使う気はないのか?」という質問に、髙橋は「お兄ちゃんが投げに失敗して以来、髙橋家はタックル以外禁止なんですよ」と、冗談交じりに答えた。
お兄ちゃんとは、現在、男子フリースタイル86㎏級の第一線で活躍する髙橋夢大(三恵海運)を指す。夢大の方もタックル一本で試合を組み立てているので、タックル一筋の髙橋兄弟という見方もできる。手にしたばかりの金メダルを手に髙橋はつぶやいた。
「(結果的に)タックルしかしてこないで、逆によかったかなと思います」
あまたのテクニックを駆使して試合を組み立てる選手もいれば、一芸に秀でた形で限られたテクニックで勝負する選手もいる。髙橋は定型的な後者なのだろう。だからといって、タックルの仕掛け方はひとつではなく、そのバリエーションは無限大だ。
「小さいときは、とにかく回数をこなしていました。大学入ってからは、入り方、その前の組み手、その後の処理…。回数もこなすけど、頭を使ってやっていますね」
今大会は、圧倒的な強さを見せつけての優勝だった。1回戦から3回戦まですべてテクニカルスペリオリティ勝ち。4回戦では2023年アジア大会優勝、パリ・オリンピック7位のユネス・エマミチョウグエイ(イラン)に11-4で勝利。続く準決勝では欧州選手権3位のタイムラス・サルカザノフ(スロバキア=元ロシア)に終了間際に逆転勝ちを収め勝負強さを見せつけた。
決勝は、パリ・オリンピック銅メダリストのチェルメン・バリエフ(アルバニア=元ロシア)との対戦となったが、やはり高橋のタックルが勝負の分かれ目となった。
高橋が片足タックルからリフトアップしたまではよかったが、相手の両足が絡みつく状態の攻防の中、バリエフは突然うずくまり動けなくなってしまった。いったい何が起こったのか。
「自分のシングルレッグ(片足タックル)が入ったところで、いつも通り自分の頭を抜き、その後の処理をしようとしたところで、相手の両足の絡みが思った以上に深く入っていて、バキッという音が鳴っていました」
この時点で試合続行は難しいと思われたが、世界選手権のファイナル。バリエフは足を引きずりながら試合を再開した。第三者から見ると対戦相手が手負いの状態であるならば、非常に闘いづらい。
しかしながら、昨年出場したU23世界選手権で髙橋は、3回戦でひざを痛めたにもかかわらず、その後も闘い続け優勝している。対戦相手は爆弾を抱えた髙橋の負傷箇所を遠慮なく攻めてきたと言うが、それを克服しての優勝だった。
そのときの経験が、今回十分にいきたと言えるのではないか。攻撃しなかったら、逆にやられる。髙橋は躊躇(ちゅうちょ)なく攻めることができた。
「世界選手権のマット上がってくる以上、強い選手。(ためらいとか)そんな悠長なことは言ってられない。全力でやろうという思いでした。逆に躊躇する方が失礼でしょう」
しかし、バリエフとて人の子。途中で再び動けなくなると、ドクターに試合を止められた。もう限界を超えていた。優勝が決まった直後の髙橋に笑顔はなかったが、「勝ちは勝ち。(勝ち方に)こだわりはない」と冷静に振り返った。
今後、技のレパートリーを増やす可能性について聞かれると、「ここから幅を広げようとしても、手遅れだと思う。このままタックル一本でいきたい」とスタイルを変えないことを宣言した。
前日、70㎏級で世界一になった青柳善の輔(クリナップ)は74㎏級への転向を明言している。パリ・オリンピックで銀メダルを獲得した高谷大地(自衛隊)の去就ははっきりしないが、74kg級が激戦区となりつつあることは確か。
今後についての抱負を求められると、髙橋は「これからも謙虚に、ひたむきにタックルを磨いていくだけ」と答えた。対戦相手にとっては、仕掛けられることは分かっているけど、かかってしまう技ほど怖いものはない。ロサンゼルス・オリンピックに向け、もっとタックルを撃て-。