2025.09.12NEW

【特集】情熱こそ人を動かす! 瀬野春貴・第3代監督の熱意で全国制覇を目指す愛知・星城高(上)

(文・撮影=布施鋼治)

 かつて、愛知県はレスリング後進県だった。その後、中京女子大(現至学館大)が吉田沙保里、伊調馨、川井梨紗子・友香子の姉妹などオリンピックの金メダリストを多数輩出し、今はそんなイメージは微塵もない。

 では、だれが最初に無人の荒野を開拓しようとしたのかと歴史をさかのぼれば、星城高校レスリング部の橋本雅義・初代監督(国学院大レスリング部OB)を抜きには語れまい。愛知県下の高校で初めて全国レベルで活躍できる選手たちを輩出したからだ。

▲星城高校のベースをつくり、愛知県のレスリングを発展させた橋本雅義監督の慰労会の記念写真=同部提供

 同高レスリング部の平松大樹OB会会長「指導は厳しかったけど、大変情熱を持った方だった」と振り返る。「僕が高校3年生のとき(1994年)、愛知国体があったんですよ。国体に向け、橋本先生は自腹でマイクロバスを購入し、いろいろなところに遠征に連れていってくれました」

 その甲斐あって、平松は地元国体のグレコローマン81kg級で優勝を果たす。「僕の時代は部員が50人もいました。やる気のない1年生はマットに上がることすらできず、外で腕立て伏せや腹筋運動をやっていましたね」

 チームとしての実績はなく、キッズ・レスリング経験者が入ってくれるわけではない。橋本監督は体操や陸上の選手でも「レスリングをやったら伸びるかも」と思った子には積極的に声をかけた。

 「地域の相撲大会があれば、顔を出して粘り腰の子に声をかけたりしていましたね」

▲OB会長として部の発展に尽力する平松大樹さん(左)と現在の瀬野春貴監督

OB会のグループ・ラインは150人が登録、現役選手を支援

 今では、親の足跡を追うように子供が星城高レスリング部で汗を流し、橋本イズムを肌で覚えている。「合宿では、“来たときより美しく”をモットーにしていました。指導も常に選手のことを考えてくれ、先生自らが試合映像を撮ってくれました」

 学校対抗戦での最高位は、2008年北京オリンピックに代表として出場した加藤賢三(大東大~現自衛隊一般部隊)がチームを牽引していた年(1998年)で、全国高校選抜大会2位になっている。「やっぱり持っているヤツだなと思いました」

▲記念の石碑に刻まれているオリンピック代表選手の名前

 OB会発足は10年ほど前。2代目の岡田洋一監督(日体大卒)から「OB会を作ってくれないか」と頼まれたことがきっかけだった。メーンマットの周辺には2辺ほどL字型のサブマットスペースが設けられていたが、それはOB会の尽力によって敷きつめられたもの。

 「僕は指導者ではないので、卒業生をつなぐ役目をにないました」(平松)

 今やOB会のグループ・ラインは150人もの卒業生が登録しており、現役学生たちの遠征費を集め活動をサポートしている。おかげで星城の父兄が負担する年間の遠征費は非常に少ない。大学に進学してレスリングを続けている者ならば、帰省するたびに後輩に胸を貸す。8月下旬、取材で訪れたときには近大に進学した卒業生が熱心に後輩を指導していた。

瀬野春貴・第3代監督の就任でさらなる飛躍を

 OBだけではない。取材日には、今年の世界選手権女子76㎏級代表の山本和佳(至学館大~東新住建)も出げいこで来ており、近隣のキッズ・レスラーの姿もあった。今年4月には至学館大出身で2024年全日本選抜選手権3位の内田奈佑が同高に赴任し、レスリング部にコーチとして加入した。多くの選手や指導者が出入りし、“町道場”のような活気が感じられた。

▲世界選手権出場を控え、星城高選手と練習する山本和佳(東新住建)

 県大会では常に上位に進出するなど、成績も少しずつ出るようになった。躍進の原動力は、星城高出身でゴールドキッズ在籍時代に全日本選抜選手権・男子フリースタイル70㎏級で優勝経験を持つ瀬野春貴(日体大卒)が監督として就任したことが大きい。

 平松は「3代目の監督となる瀬野先生は、とにかく真面目。情熱家だし、ひとつひとつのテクニックを細かくきちんと教えることができる」と目を細める。「おかげで部員たちの技術力はものすごく向上したと思います」。事実、昨年の全国高校選抜大会では、55kg級の満永大楽(現拓大)が準優勝と躍進した(準決勝で前年のU17世界王者を破り、決勝は6-6の惜敗)。

▲2024年全国高校選抜退会で満永大楽が準優勝の躍進。左は瀬野春貴監督

 今後の課題は全国レベルの大会でいかに活躍するか。今年は部創設50周年という大きな節目の年だったが、インターハイの学校対抗戦では、初戦で優勝した東京・自由ヶ丘学園に3-4で敗れた(ただし、自由ヶ丘学園から3勝を挙げたチームは星城だけ)。個人戦では51㎏級の松浦充希と80㎏級の山内竜徳が3回戦、92㎏級の村上恭昂がベスト8、55㎏級の八橋奏太朗は2回戦止まりだった。

「全国で3位以内に入るには、普通の3倍以上の努力を」…平松大樹OB会長

 インターハイ後、主将に就任した松浦充希は「あとひとつ勝てば、表彰台だったり、表彰状をもらえるという大会が多くなってきた」と明かす。「でも、そのあとひとつを大きな壁のように感じています」

 日々、暗中模索。もがきながら、苦しみながら必死に出口を見つけようとしている。「瀬野先生のアドバイスを聞いて、(具体的に)これが足りない、これがダメという課題を持って練習に取り組むようにしています」

▲インターハイ学校対抗戦の自由ヶ丘学園戦、55kg級の八橋奏太朗が勝って、チームスコア2-1とリードしたが…

 それでも、平松OB会長は「もっと必死になってやらないとダメ」と手厳しい。「戦績は上がってきているけど、ひとり一人が死ぬ気で頑張らないと、やっぱり勝てないと思うんです。僕の考えでは、全国で3位以内に入るためには、普通の3倍以上の努力をしないといけない。トップになるなら、もっと努力しないといけない」

 平松はジェネレーションギャップを感じることもしばしばあるという。「今の子は、よくも悪くも気性が穏やか。僕の時代なんか、相手に点数を取られたら、“この野郎”という思いが絶対ありましたからね。今の子からはそういう気持ちがあまり感じられない」

 すべては愛のムチ。瀬野監督や大学生からのアドバイスに必死に耳を傾けている姿をみると、星城レスリングは少しずつ変わろうとしているのではないか。そう思えてならなかった。

▲新主将に任命された松浦充希。今後のチームの奮戦が期待される

《下へ続く》