2025.09.09NEW

【特集】潜在能力十分のモンゴル選手、必ず世界のトップへ育てます!…モンゴル総監督・栄和人(下)

《上から続く》


技術とスタミナを身につければ、大きく変わる

 8月24日から9月4日までのモンゴル滞在は、合宿に参加して選手の力量を見ることが主な目的でした。まだ日本での仕事の契約も残っているので、今年の世界選手権(9月13~21日、クロアチア)には同行できず、本格的な指導は来年になってからです。

 約1週間の合宿を見て感じたことは、どの選手もパワーや体幹の強さはある、ということです。技術が劣っているため、思うように結果が出ないわけですが、体力の中でも、6分間闘えるスタミナの面は足りていないと思いました。指導も少しやりましたが、日本の選手なら普通にこなせる練習でも、ちょっと音(ね)をあげていたのが現状です。

 しかし、全体の半分は世界トップに行ける潜在能力を持っており、ロサンゼルス・オリンピックまでの3年間、技術とスタミナをしっかりと身につければ、大きく変わるチームだと実感しました。まあ、私が吉田沙保里選手や伊調馨選手を鍛えたようなやり方では、選手がいなくなる可能性もありますので(!)、そのあたりは現代流・モンゴル流に変えていきますが…。

▲モンゴル協会フェイスブックに掲載された合宿のもよう(最後に栄和人総監督が映っています)

各クラブでの練習だけでは限界、代表合宿の重要性を伝える

 就任にあたり、モンゴルの強化システムも聞きました。各所属での練習が中心であり、ナショナルチームとしての練習はあまりやっていないのが現状でした。日本のように全国各地にチームがあり、選りすぐられた選手が集まってハイレベルの練習をする、というシステムではありません。

 男子は各地でモンゴル相撲をやっており、レスリングに向いている選手がマットの上での闘いに進みますが、女子は地方ではやっていないのではないでしょう、レスリングに関心を持った選手が、ウランバートルまで、選手によっては車で片道2時間をかけてやって来て、クラブ・チームでレスリングに取り組んでいるようです。

 いずれにしても、クラブ単位での強化では限界があります。代表チームとしての練習を定期的にするように進言しました。また、往復4時間の移動が必要な状況では練習に集中できません。練習場そばに宿泊施設を作り、食事ができるところを作ってもらうよう、モンゴル協会やオリンピック委員会に提言しました。

▲モンゴル女子チームの監督とともに=本人提供

 日本では、代表選手が味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)で練習するのが当たりまえの光景ですが、それがどの国でも行われているものではありません(考えてみると、NTCができる前の全日本合宿は、各大学などを転々としてやっていましたね。今の選手は恵まれています)。NTCほど立派でなくてもいいので、練習場、宿舎、食事が1ヶ所でできる練習施設の確保が早急に必要な状況です。

日本への遠征も実施し、お互いの強化へ

 女子のナショナルチームにいる選手で、一番若い選手は22歳くらいでしょうか。今回の世界選手権の62kg級代表を競ったのが、前述のオーコン・プレブドルジチェレンチメド・スヘーの元世界チャンピオンですが、プレブドルジが31歳で、スヘーが30歳です。20歳前後の選手が競うようでなければなりません。

 小学生のレスリングは行われていません。10代でレスリングに出合っても、生活があり、レスリングを続けることが難しい国です。代表選手でもアルバイトをやったり、軍隊に入っている選手が多く、日本のように、親の支援のもと学校などでレスリングに打ち込める選手は極めて少ないのが現状です。

 これらは一朝一夕で解決する問題ではありませんが、一歩ずつ改善していってほしいと思います。とりあえず、ロサンゼルス・オリンピックを目指せる能力のある選手をしっかり鍛えていこうと思います。

▲2022・23年世界選手権で、ともに決勝へ進んだオトゴンジャルガル・ドルゴルジャフ。しかし、2試合とも須﨑優衣に完敗。世界一とは大きな実力差があった

 今回の合宿では、協会の会長や副会長からの熱い期待が伝わり、モンゴル・オリンピック委員会の会長とも面会しました。期待されたことで、一番を目指したいという指導者の性(さが)に火がついてきました。

 常時滞在しての指導契約ではありませんので、必要に応じて日本への遠征を実施してもらうつもりです。そのときは、女子は至学館大を拠点に国内から若い選手を集めたいと思います。男子は関東の大学にお願いし、日本のトップクラスの選手と練習してもらおうと思います。

日本のレスリングのすばらしさをモンゴルに伝えたい

 やる以上は、もちろん日本を追い越すことを目標にしてやりますが、私は「日本のレスリングをつぶそう」などとは、微塵も思っていません。

 「シンクロの母」と呼ばれた井村雅代コーチ(1984年から2004年にかけて日本を6回連続でオリンピックに送り出し、銀4、銅7を獲得)が2006年に中国代表チームのヘッドコーチに就任しましたが、中国が日本よりいい成績を残すと、「裏切り者!」「売国奴!」と言われました。

 同コーチは著書で「日本をやっつける気なんか、つゆほどもありませんでした。自分が強くした日本に誇りを持っていましたから。私が中国に行く理由は、日本のシンクロを世界に認めてもらうためなんです」と書かれています。私も、それと同じ気持ちです。福田富昭・前日本協会会長が種をまき、世界一に育てた日本の女子レスリング、そして復活させた男子のレスリングを、世界に広めたいという気持ちからです

▲今年6月にウランバートルで行われたランキング大会。2028年まで毎年行われ、世界のレスリングを吸収する=モンゴル・レスリング協会FBより

 すばらしい身体能力を持つ民族なのに、それが十分に発揮できていないからこそ、教えるべきことを教えたいのです。モンゴルを強くした時には(絶対に強くします!)、私は自信をもって「日本のレスリングを学んでもらったからです」と言うつもりです。日本レスリング関係者の多くが、誇りに思ってくれると信じています。

 モンゴルの強化は始まったばかりです。まずは世界選手権でのモンゴル選手の活躍に期待したいと思います。

《完》