2025.08.09

【特集】レスリング界に新たな歴史を作れるか、私立から公立に変わった周南公立大の挑戦(上)

 スポーツの世界で台頭している大学は、私立大学が圧倒的に多いが、国公立大学も皆無ではない。筑波大鹿屋体育大などスポーツを前面に出している大学のほか、東京学芸大埼玉大などスポーツ推薦入試のある大学も存在し、2021年東京オリンピックでは35人の公立大出身選手が出場している。

 現在は低迷しているが、京都大アメリカンフットボール部も有名。学生日本一を決める甲子園ボウル優勝6回、社会人を含めて日本一を決めるライスボウル優勝4回という記録があり、私立大も手がつけられない強さを誇っていた。

▲公立大になって4年目の周南公立大。今後の飛躍が期待される

 一方、レスリングでは公立大の団体優勝や、在籍・出身選手で日本一になった選手は少数だ。男子では1973年全日本選手権・グレコローマン48kg級で茨城大卒の今野隆三(丸紅)が優勝し、同年の世界選手権に出場したケースと、女子では2015年全日本選抜選手権55kg級で群馬大2年の木村安里が勝ち、同年の世界選手権7位の記録があるだけ。公立大在学・出身のオリンピック選手は、まだいない。

 その壁に、はからずも挑戦することになったのが周南公立大。1971年に開学し、「学校法人徳山教育財団」が運営していた私立の徳山大が、2021年に周南市の人口減少対策と地方創生を目的に市との話し合いで公立大へ移管することになり、2022年4月、周南市が運営する公立大学として生まれ変わった。

公立に変わって4年目の今年が、本当の意味でのスタート

 徳山大として最後の出場となった2021年西日本学生秋季リーグ戦で13季ぶり19度目の優勝を遂げた。2018年に守田泰弘監督が就任してからは初優勝。翌2022年春季リーグ戦で優勝し、東西を通じて公立大として初のリーグ戦制覇を成し遂げた。以後、昨年秋季リーグ戦まで7季連続で優勝を続け、通算25度目の栄冠を手にした。

▲2022年西日本学生春季リーグ戦で優勝、公立大として初の団体優勝を遂げた周南公立大

 歴代2位タイの「9季連続優勝」を視野に入れ、優勝回数も福岡大の28度、関大の27度に迫る数字になっていたが、今年春季リーグ戦で敗れ、0からのスタートへ。公立大になってから入学した選手が、今年の4年生。考えようによっては、公立大としての歴史は今年からがスタートになる。真価が問われる同大学の今後だ。

 7月中旬、マット4面が入るレスリング場での練習を見て、守田泰弘監督は「選手数は少なくなっていますね」と説明した。徳山大の時代に比べて、(推薦枠が少なくなったこともさることながら)学力も重視され、合否が分かるのが年内の10・11月となったことが、選手を集めづらくなった大きな要因だ。

 スポーツに力を入れている私立大学の場合、早ければ6~7月の段階で内定や内々定を出し、いい選手を確保している。高校の選手や保護者、指導者からすれば、早くに進路が決まってほしいと思うのが当然だろう。10・11月に万が一にも落ちてから他の大学を探しても、もう推薦枠がいっぱいというケースもある。「必ず取る」という担保がないと、二の足を踏まれてしまうのが現実。

▲レスリング場へ続く坂道は格好のトレーニング場。いつか「金メダル坂」と言われるようになることが望まれる

「周南公立大でレスリングをやりたい」という選手を増やしたい

 「それが、大学入試としてあるべき姿なのかもしれませんが…」と話す守田監督は、せっかく受験してくれながら不合格となった選手に、「申し訳ない」という気持ちを毎年のように経験してきた。「レスリングの実績だけで取ることはできません。学力を含めた総合力です」ということを事前にしっかりと説明し、了解してもらっているとはいえ、「進学をあきらめて就職した子もいますし、何とか東西の他大学に入り、頑張っている選手もいます。どちらも、心が痛みます」と話す。

 そうした壁を乗り越えて選手を集めるためには、「周南公立大でレスリングをやりたい」という選手を増やすことだ。近年の同大学の成績からすれば、そうした気持ちを持つ選手は少なくない。他に、公立になったことで、学費が安くなったことは魅力のひとつ。

 最近は、地元の企業とつながりを持って経済的な支援をお願いする大学も多く、同大学にも「応援させてほしい」という企業が出始めている。平川臣一コーチ(専大卒=2008年世界ジュニア選手権3位)が近くの農家と話し合い、合宿所の米を安く提供してもらっているそうで、保護者の負担を少なくする努力もしている。

 同大学の人間健康科学部の尾形聡教授が、部長として栄養学のアドバイスを行い、選手の食生活の管理にも全力を尽くしている。

▲守田泰弘監督と尾形聡部長

「自分がいい結果を出し、チームを盛り上げたい」…谷川光星主将

 “新たな挑戦”にあたり、守田監督が繰り返した言葉は「今は我慢のときだと思います」。選手集めの壁を乗り越え、公立大学として、どんな歴史をつくっていくか。秋季リーグ戦での巻き返しを誓う谷川光星主将(岡山・おかやま山陽高卒)は「受け継いできた連覇を途切れさせてしまったことは、先輩たちに申し訳ない。練習不足だったかもしれません。もう少し一致団結すれば勝てたかな、と思います」と振り返る。

 だれもが集中し、いい仕上がりだったので、心のすきがあったとは思わず、「実力不足だったと思います」と言う。王座奪還へ向け、「選手たちで話し合って練習メニューを決め、それを実行する」という方針を決めた。ともすると監督の指示に従う練習を改め、自主性をもった練習への変換で巻き返しを目指す。

 まず今月21日(木)~24日(日)の全日本学生選手権で「キャンプテンの自分がいい結果を出し、チームを盛り上げたい」ときっぱり。

▲秋季リーグ戦での王座奪還を目指す谷川光星主将(74kg級)

▲チームを支える北村一気(左、4年=65kg級)と松田來大(3年=70kg級)のスパーリング

《下へ続く》