《上から続く / 文・撮影=布施鋼治》
「天理の特色? やっぱり監督やコーチ陣の個性が豊かなところですかね。福井祐士監督はいまも現役だし、オリンピックで審判員をしている小池邦徳さんがコーチをしてくれる。時間があれば、OBも顔を出して一緒に練習してくれる。外国からの留学生も入部します。今は台湾からの留学生が3人もレスリング部にいますからね」
そう語るのは天理大学レスリング部で初めて女性として主将になった上岡三桜(みお=4年)だ。「いろいろな人とコミュニケーションをとりながら、いろいろな形でレスリングがでるところも天理の特色だと思います」
天理大は昔から海外のアスリートに門戸を開放している。1964年の東京オリンピックの柔道・無差別級で金メダルを獲得。柔道を国際スポーツに発展させるきっかけを作ったアントン・ヘーシンクが天理大の柔道部で鍛えたことは有名なエピソードだ。
記者が取材で訪れた際には、駅前のビジネスホテルに宿泊したが、宿泊客の大半は20~30代の外国人で、天理大に柔道を中心に何らかのスポーツを学びに来ているようだった。
上岡が指摘するように、レスリング部にも台湾からの留学生が3人も入部している。中でも陳亞欣(チン・アキン=2年)は今年7月、キルギスで開催されたU20アジア選手権の女子53㎏級に台湾代表として出場し、見事銅メダルを獲得した期待のヒロインだ。
日本語をかなり話せる陳は上岡のヘルプを受けながら、今後の抱負を述べた。「レスリングを7年やって初めて大きな大会でメダルを獲得できたので本当にうれしい。U20は今年まで。来年はU23の世界選手権で3番(以内)に入ることが目標です。最終的には(台湾代表として)オリンピックに出場したい」
陳は姉がレスリングをやっていたことに影響を受け、中学2年生のときから母国のマットに立つ。天理大への留学は高3のとき台湾チームとして出稽古に訪れ、気に入ったことがきっかけだった。「ちょうど3年前の話だけど、そのときの練習がめっちゃ楽しかった。日本の文化や食事も気に入りました。日本の焼き肉はめっちゃおいしい」
陳は毎日熱のこもった練習に打ち込むので、その熱は他の部員たちにも伝染しているという。福井監督は「陳はウチのムードメーカーになっている」と目を細める。
「彼女のおかげで、他の部員全員の練習に取り組む姿勢が変わっていった。台湾には本当に感謝しています」
多様性という意味では、3歳のとき完音性難聴と診断された久米田忠裕(3年)の存在も見逃せない。久米田は三谷豊人コーチが天理教学園高で教壇に立っていた時代の教え子。同校は2022年に閉校になったので、彼の代が最後の部員となる。
現在は、今年11月に東京で開催されるデフリンピックへ挑戦中。高校時代の担任だった三谷コーチと二人三脚で汗を流す。
ちなみにレスリング部のスローガンは「邁進」(まいしん)。その意味を問うと、妹・七翠(ななみ)も同部に所属する主将の上岡は「目標に向かって、ひたむきに進むという意味です」と教えてくれた。
「チームとしてひとつの目標を達成するために日々進んでいく。一方、個人でもアジアで入賞したりする部員もいるので、団体・個人両方で進んでいくという意味もこめられています。あと漢字で書いたら、台湾の部員たちもその意味を分かってくれるというのもある」
今でこそ活況を呈している天理大レスリング部ながら、福井監督は「実は、去年は4階級選手がそろわなかったので、西日本学生リーグ戦に出ていない」と明かす。
「そろわなかったのは天理レスリング部史上初めてだったかもしれない。三谷コーチにも積極的に動いてもらい、スカウトしたおかげで今年からはそろうようになりました。だから、ほぼ全員1年生。今いる部員を頑張って強化しているという段階ですね」
これから今月21日(木)~24日(日)開催の全日本学生選手権(東京・駒沢体育館)を皮切りに、西日本学生選手権、全日本女子オープン選手権、全日本大学グレコローマン選手権、全日本大学選手権、デフリンピック、西日本学生秋季リーグ戦と出場する大会は目白押し。
福井監督は「チームとしてはリーグ戦優勝という目標が一番分かりやすい。今年の秋季リーグ戦では、二部リーグで絶対に優勝し、来年は一部リーグで勝負したい」と高らかに宣言する。
独自の多様性を武器に、新生・天理大は大きく羽ばたこうとしている。
《完》