(文・撮影=布施鋼治)
3年前は部員がわずか3人のみ。休部寸前だった天理大レスリング部は、現在は16人と5倍以上に増え、活況を呈している。
「まだはっきりしない部分もあるけど、来年は20人を越しそうな勢いです。僕が知る限り、この大学のレスリング部が20人を超えたことは、今までないんじゃないですかね」
そう語るのは、今年1月、同大学の監督に就任した福井裕士さん。前監督で現在はGM(ゼネラルマネージャー)となった小池邦徳さん、三谷豊人コーチらと指導に励む。
7月中旬、取材に訪れたときには、大学生とともに中学生やキッズも一緒に練習していた。「(自衛隊を退官して)天理に戻ってきたのは2020年4月だったけど、ちょうどコロナだったので、実際に動き出したのは2021年からです」(福井監督)
部員数が激減した理由は、天理教校学園高校が2023年3月に閉校したことが大きい。同校のレスリング部は大学生と一緒に練習しており、チームとしては高校・大学一貫という側面もあったからだ。
「僕が天理大の大学生だったときも、レスリング部の部員数は少なかったですから。毎日練習に来ていた選手は5人くらいしかいなかったんじゃないですかね」
天理大レスリング部の歴史は30年ほどある。レスリングの指導者だった岡田法夫(のりお)さんが、天理教校学園高の前身である親里高に赴任。レスリングを教え始めたことがルーツだ。
「高校でレスリングをやった生徒が、天理大に進んでも続けられる受け皿として、同好会を作ったのが設立のきっかけですね」
福井監督は柔道出身。レスリングへの転向は20歳のときと非常に遅かった。しかし、努力と工夫を怠らず、キャリア3年で出場した2011年全日本選手権では、フリースタイル96㎏級で天理大学生として初となる3位に輝いた。
「自分がそんな感じだったので、僕は実績のない子でもウェルカムです」
レスリングに転向した当初、福井は柔道出身であることを最大限にいかそうとした。「最初の頃は、タックルはほぼ仕掛けず、(柔道の)内股ばかりを狙っていましたね。僕には普通の日本人レスラーがよく使うすかしタックルや正面からのタックルといった動きがなかなかできなかったので」
しかし、自衛隊に入隊後、あるコーチから「もしかしたら、福井に向いているのでは?」とアドバイスされたスタイルがあった。フリースタイルで独自の発展を見せているイランのレスリングだ。
「海外の選手は、柔道系の技を当たりまえのように使うじゃないですか。僕はレザ・ヤズダニ(2011・13年世界選手権・男子フリースタイル96㎏級優勝)といったイランの選手のテクニックを盗んだりしましたね」
そうすることで、福井のテクニックの幅は格段に広がったと喜ぶ。「いまではタックルを指導できるくらいまでになりました」
監督に就任してからは技術練習に重きを置くようになった。「やみくもにスパーリングをやっても、技術力がなかったらのびしろの部分が小さくなってしまう。反対に、技術練習を重点的にやることで、自分の信頼できる技を身につけることができる可能性が出てくる」
福井監督はいまもバリバリの現役。今月には日本レスリング協会の派遣でヴズベキスタンに遠征し、同国の国技であるクラッシュ(上半身に道着を着て行う投げだけの格闘技)の合宿に参加する予定だ。
「柔道やMMAを見ても、中央アジアの選手はムチャクチャ強いじゃないですか。阿部一二三選手はタジキスタンの選手に内股透かしで、永瀬貴規選手はウズベキスタンの選手に反則で負けた。RIZINではキルギスのラジャブアリ・シェイドゥラエフ選手が王者になっていたり、カザフスタンのカルシャガ・ダウトベック選手が活躍しています」
現地で練習すると、得られるものは多いと言う。彼らは多少技術力が劣っていても、負けん気などでカバーしているそうで、そういうところが「天理大のレスリング部にいるエリートではない子たちにとって、大いに参考になると思う」と言う。
部員に福井監督の指導を聞いてみると、「自分たちの知らない海外選手のテクニックを事細かに教えてくれる」と好評だ。福井監督が現地で体感したハングリー精神やガッツあふれる中央アジア圏のエッセンスを注入することで、天理のレスリングを覚醒させようとしている。