《上から続く / 文・撮影=布施鋼治》
「みんなで強くなる」
三重県立朝明高校レスリング部の監督に就任した花井瑛絵監督にスローガンを聞くと、即座にそう答えた。
「弓矢暖人コーチは技術的に細かいアドバイスをしてくれる。河野隆太さんという重量級の気持ちがわかる外部コーチもいる。本当にいろいろな人に力を貸してもらいながらやっていると感じています。わたしの最大のミッションは円滑にレスリング部を回していくことなんじゃないか、とさえ思っています」
レスリング部では唯一の女性ながら、監督として部全体をまとめる立場にいる。筆者は一学期の終業式後に行われた練習を取材させてもらったが、花井は部員たちに気配りしながら指導していることがよく分かった。
重量級の栄養補給と体重保持のためにオニギリを用意していることは前述の通り。練習中、花井監督は部員たちへのゲキを飛ばし続けていた。「いいねぇ」と背中を押すこともあれば、「また弱気が出た」と課題を指摘することも忘れなかった。
個々の部員たちに対する声かけを忘れることもなかった。グレコローマンで奮闘する71㎏級の白石ミゲル強(3年)は「1年生のときから見てもらっているけど、ずっと変わらずによくしてもらっています。それぞれの選手をきちんと見てくれ、声をかけたりしてくれるところがいいと思います」と証言する」
朝明高から唯一インターハイに出場する125㎏級の山中一平(3年)は「年齢も近いので、親身になって選手たちのことを考えてくれるところがいい」と話す。
少子化が進む中、三重県の高校レスリングの登録者数は増えているという(2024年は男子68選手、女子7選手)。弓矢コーチの母校であるいなべ総合学園高を筆頭に、松阪工業高、四日市四郷高など、強豪校がひしめき合う。「県総体では優勝を分け合っている状況です。負けないように強くしないと」(花井監督)
同監督は現役時代、愛知・至学館高~至学館大で過ごし、天皇杯全日本選手権や明治杯全日本選抜選手権で優勝。世界選手権でも2位になっている。
「私が至学館高校に入学したときは、ちょうどリオデジャネイロ・オリンピックの前。吉田沙保里さんをはじめ、オリンピックを目指している選手が多く、ラスベガスでの予選(2015年世界選手権)のときなど本当にピリピリしていました。高校時代は本当に濃い3年でした。そういう経験をしてきたことは私の強みになっていると思います」
教員の道を志したきっかけは、練習したくてもいつものように集まってできなくなってしまった2020年の新型コロナ感染拡大だった。
「ちょうど大学2年の終わりでした。試合もできなくなったので、どうしようかな、と」
非オリンピック階級で全日本の大会を制することはできても、オリンピック階級になるとあと一歩。東京オリンピックに向け、2017年から58・57㎏級に挑戦したが、シニアでは2019年の全日本選手権での2位が最高位だった(注=2020年全日本選手権と2021年全日本選抜選手権では59kg級で優勝)。
そんな自分が歯がゆかった。「2位と1位では、だいぶ差があると思いました。企業に入ってお金をもらいながらアスリート社員として働くことにしんどさを感じ、自分にはできないと思ってしまいました」
指導は試行錯誤しながらやっている。
「カリキュラムはいろいろミックスしています。弓矢コーチにお任せする日もあれば、選手たちに自主練をお願いする日もある。至学館のエッセンス? あのエッセンスをそのまま入れると濃すぎるので、薄めながら使うようにしています(微笑)」
レスリング場の傍らには夜間照明設備が整ったラクビー場が2面と野球場が広がっていた。運動部のためのトレーニング場も併設されているので、環境としては申し分ない。最寄り駅である三岐鉄道三岐線の保々(ほぼ)駅の線路沿いにはパノラマのような田園風景が飛び込んできた。なんてぜいたくな景観なのか。
花井監督も弓矢コーチも三重県出身。ふたりとも大好きな地元で「みんなで強くなる」をモットーに、これからもレスリングの普及に励もうとしている。
《完》