《上から続く / 文・撮影=布施鋼治》
「ウチには3つのタイプの選手がいる。ひとつは網野で小さい頃からやっている選手。二つ目は高校入学を機に外から来てくれる選手。三つ目は高校入学後に入ってくれる選手。前は中学くらいでポンッと強いヤツがいて、その子と外から来た選手が一緒になって強くなっていったけど、いまは外から来た選手が主流になっていますね」
練習後、丹後緑風高の吉岡治監督は体育指導教官室で部の柱となる人材について語り始めた。部のスタートは1980年代半ば。1988年の京都国体開催のため、前任の三村和人氏が85年にスタートさせたという。
三村氏が築き上げた地盤を引き継ぐ形で吉岡コーチが2003年から監督を務めてきた。
「こんな田舎なので、(声をかけても)全国のトップレベルは来てくれないですよ」
吉岡監督はそう謙遜するが、裏を返せば中学までの実績はさほどなくても、たたき上げで強くしているということだろう。
実際、丹後緑風高校(前身は網野高校)出身のオリンピック・メダリストは多い。2004年アテネ大会・男子フリースタイル60㎏級銅メダルの井上謙二(現日本協会強化本部長)を筆頭に、2004年アテネ&2008年北京大会・女子48㎏級銅メダルの伊調千春、そして昨年のパリ大会・男子フリースタイル74㎏級銀メダルの高谷大地。
他に、2012年ロンドン大会から3大会連続出場した高谷惣亮(現拓大監督)、世界選手権を4度制した正田絢子(現同校顧問)ら、網野の地で強くなったレスラーは枚挙にいとまがない。
現在も、女子50㎏級の伊藤海(現フォーデイズ)、2019年に17歳6ヶ月の大会史上最年少で全日本選抜選手権・男子フリースタイル79㎏級を制した髙橋夢大(現三恵海運)など、2028年ロサンゼルス大会を狙う同高出身の強豪は多い。
うわさを聞きつけ、現在は地元の中学生とともに、東京、神奈川、茨城、新潟、広島、香川、静岡からも吉岡監督の指導を受けるため、わざわざ網野に来た選手は数多くいる。越境入学者が多いことに、地元は歓迎しているという。「もともと子供の数が減っている地域ですから。地元の人たちは外から入ってくる子を、ものすごくあたたかい目で見てくれる」
▲2018年インターハイは4選手がメダル獲得。左から清水美海(女子47kg級2位)、髙橋夢大(男子80kg級1位)、伊藤海(女子47kg級1位)、三浦哲史(男子92kg級3位)。女子47kg級は網野同士で決勝を争った
吉岡監督は、いったいどんなスカウトをしているのか。
「ゴールデンウィーク、あるいは夏休みや冬休みに小中学生を対象にした合宿をやっているんですよ。今は中学生でもレベルの高い子が多いので、高校生と一緒に練習する機会を作る。その中で興味を示してくれた選手がここに来てくれる、という感じですかね」
お世辞にも交通の便がいいところとは言えない。筆者も、京都駅から電車を何度か乗り継ぎ、4時間近くかけて網野駅に降り立った。
吉岡監督は「高速道路が開通してからは車の方が便利になりました(2016年開通の山陰近畿自動車道)」と話す。「今は、車だったら京都市内まで2時間くらいで行けます。昔は冬場に雪が降ったら、山をひとつ越えなければならなかったので、ものすごく時間がかかりました。昔は近くにファストフードの店もなかったので、地元の子供たちに『レスリングを始めて京都や大阪の大会に遠征するようになったら、マクドナルドを食べられるよ』と誘ったこともありましたね(微笑)」
京丹後市は、かつて機織(はたお)りの地として栄えていた。以前、井上謙二氏(前述)の実家では機織りの工場を運営していたが、製品の出荷減少に伴って工場は閉鎖。網野高(当時)レスリング部で女子を受け入れるようになると、工場をリフォームして合宿所にしたという。
「今、その合宿所は男子の寮として使っています」
吉岡の指導を取材して、その根底には生徒たちに「考えさせるレスリング」を植えつけさせようとしていることに気づく。練習中、部員たちに「時間が終わったら、トレーニングは終わるのか。それとも、できるまでやるのか。言われたことをしているだけではダメ。自分のゴールはどこにあるのか。もっと考えた方がいい」という言葉を投げかける場面もあった。
吉岡監督から指導されている考えるレスリングについて、江口翼主将は次のように受け止めている。
「ようやく自分で考えられるようになったのは高2になってからですね。1年のときはガムシャラにやって(練習の流れに)ついていくのが精いっぱいでした。でも、2年の後半くらいから少しずつ自分で考えてできるようになってきました。そうしたら、ちょっとずつ結果も出てきた。やらされるだけの練習とは違って、レスリングのレベルも一段階上がったような気がします」
網野ではお洒落な“スクールライフ”は全くといっていいほど望めない。しかし、浜風にあたりながら、自分がやりたいことだけに集中できる時間はタップリある。10代半ばという人生で最も多感な時期に、何が一番必要なのかを、浜風は教えてくれる。
《完》