2025.07.13NEW

【特集】初心者集団から世界一を目指す! 熊本県の“一強時代”をストップした小川工業高校の新たな挑戦(上)

 熊本県の高校レスリングといえば、長く玉名工業高校の天下が続いていた。1991年から2019年まで29年連続でインターハイ学校対抗戦に出場。学校対抗戦の全国2位が3回(2005年選抜&インターハイ、2009年選抜=いずれも茨城・霞ヶ浦に敗れる)、個人戦での全国王者や上位入賞選手も多く、一強時代が長かった。

 ストップをかけたのが、宮本慶太監督が指揮する小川工業高校。玉名工高~日体大へ進み、玉名工高で7年間コーチを務めたあと、2016年に小川工高に赴任して監督へ。玉名工の全盛期をつくった父の宮本俊晴氏をコーチに迎え、多くの指導陣もとでチームを強化。母校の一強独占にピリオドを打った。

 部員の8割は高校入学後にレスリングを始めた選手。それでいながら、今年5月の県総体では学校対抗戦で3連覇を達成し、個人対抗戦では8階級中7階級を制する強さ。先立つ2月の全九州新人戦・学校対抗戦では、“王者”鳥栖工(佐賀)に3-4と惜敗。あと一歩に迫り、九州制覇も視野に入ってきた。初心者集団で日本一、さらには世界進出も目指す小川工業高校レスリング部を追った。(取材・撮影=保高幸子)

▲九州制覇、いずれは全国制覇を目指す熊本・小川工高チーム


「高校入学後にレスリングに取り組んでは遅い」は間違い!

 小川工業にレスリング部ができたのは2006年。矢山裕明氏(1999年世界選手権代表=福岡・三井高~日体大卒)が赴任して愛好会としてスタート。柔道場と剣道場のあったスペースの一部を間借りしての練習環境だった。2008年に部に昇格し、柔道部がなくなったとあと宮本監督が就任。その後、剣道部も廃部となって現在の2面マットのスペースになったと言う。

 学校のスローガンは「北辰(ほくしん=北極星)となる人材へ」。北極星が多くの星の中心であるところから、ものごとの中心になって輝く人間に育て、という意味。宮本監督もこの言葉を受け、「レスリングに限らず、社会に出て輝く人間になってほしい」との指導を心がけているという。

▲2面マットのある練習場で24選手が汗を流す(他にマネジャー4人)

 現在の部員は、4人のマネジャーを含めて28人(1年生=14人、2年生=6人、3年生=8人)。部員確保に四苦八苦する高校レスリング界では、全国的にも多い方だろう。合宿所があって他県からの受け入れ体制も十分にある。5人が県外(東京=2人、福岡=2人、宮崎=1人)からの選手だ。

 熊本県には6つのキッズ・クラブがあるが、これまでの部員は高校入学後にレスリングを始めた選手が多い。茨木凱聖主将(今年の全国高校選抜大会5位)は福岡・OBENOでレスリングをやっていた選手だが、坂本鵬栄副主将(U17アジア選手権出場)と、もう一人の古閑迫青海副主将(昨年のU17世界選手権代表)は、ともに中学まで柔道をやっており、入学後にレスリングを始めた選手だ。

 2023年のU17アジア選手権で3位に入賞した錦戸蓮太も柔道からの転向選手。すなわち、U17で国際舞台へ飛び出た3選手は、いずれも高校入学後にレスリングを始めた選手ということになる。キッズ・レスリングが盛んになっていて、「高校入学後にレスリングに取り組んでは遅い」という声もあるが、それは正しくない。

▲2023年U17アジア選手権で3位に入賞した錦戸蓮太=UWWサイトより

名伯楽の父を含め、多くのボランティア・コーチに支えられる

 「柔道など他のスポーツでは芽が出なかったけど、レスリングで台頭できた、という選手もいます」。階級制で間口の広いレスリングなればこそ可能性は大きいわけで、他のスポーツで鳴かず飛ばずの選手に声をかけるスカウト活動にも力を入れている。

 また、東京のようなハイレベルの地域では、キッズ時代からの強豪選手の壁があってインターハイ出場が難しいと感じ、発展途上の熊本にチャンスを求めて来る選手もいる。高校野球でもよくあるケース。強豪にぶつかる気持ちを持つことも大切だが、それがすべてではない。自分のレベルに合わせて全国大会を目指す姿勢も、決して間違ってはいない。東京から来た2人も、東京にいたらインターハイには出場できないかもしれない。

▲選手を指導する宮本慶太監督

 同監督は「初心者の指導はうまい方だと思います」と自画自賛する。日体大でレスリングを続けたとはいえ、全日本のトップにまでは到達できなかっただけに、努力と結果が比例しない選手の原因や気持ちが理解できるのだろう。

 加えて、名伯楽でもある父・宮本俊晴さんのほか、多くのボランティア・コーチの力も大きい。小浦公介コーチ(玉名工高卒=地元のキッズクラブ「宇城アロー」監督)、庄村真琴コーチ(玉名工高~山梨学院大卒)、田口大輔コーチ(小川工高~九州共立大卒)、隈部吉伸コーチ(玉名工高~九州共立大卒)らが週末を中心に指導に来てくれるそうで、玉名工高コーチ時代の人脈をフルに使っての成果でもある。

▲古瀬祐太(3年=東京・高田道場から小川工高へ)のがぶり返しの練習

《下へ続く》