ロシアの侵攻によって練習もままならないウクライナの男子フリースタイルのトップ・チームが6月23日から日体大・健志台キャンパス(横浜市)で練習を続けている。
ちょうど2年前、当時、日本協会の副会長を務めていた谷岡郁子学長が同国女子に支援を申し出て、選手・コーチ17人が来日したが(関連記事)、パリ・オリンピックでの日本の好成績によって、男子チームからも4人の金メダリストが生まれた日体大に申し出があり、実現した。女子は2年前と同様、至学館大が受け入れており、男女でウクライナ・チームが来日している。
日体大の松本慎吾監督にとって、ウクライナは思い出のある国。アテネ・オリンピック出場を目指していた2003年、単身で約2ヶ月間、欧州で修行をした国のひとつ。激しい戦闘が行われているマリウポリは練習した都市だ(関連記事=日本協会HPより)。「お世話になったことの恩返しもあった」と申し入れを受け入れた。グレコローマン・チームの来日も希望したが、現在米国で練習中とのことで、実現しなかった。
パリの結果を見る限り、日本が教える立場かもしれないが、「日本にはない組み手などをやってくる。私にとっても、学生にとっても、いい経験になっています」と、1週間が経った段階での感想。これまで外国チームが日本で練習すると、練習時間の長さが違うこともあるのだろうが、最後までついてこられないケースも少なくない。
同監督は「朝練習と夕方練習の間に時間が十分にあることもあってか、しっかりやっています」と言う。戦争当事国で練習環境が悪化して実力がキープできていないことも考えられたが、「思った以上にやっています。学生にとって、いい練習ができています」と話した。
日体大には現在、韓国から定期的に来日して練習に参加しているチームがあり、この日も参加中。公開取材日の29日は、女子が健志台キャンパスで練習する日(ふだんは世田谷キャンパス)で、中国の江蘇省のチームが参加。男女4ヶ国が参加する“国際練習”となった。
ウクライナから参加したオリンピアン(2021年東京&2024年パリ)のワシリ・ミハイロフは、「今回の来日での最も大きな刺激は?」との問いに、「暑さです!」と即答。梅雨独特の蒸し暑さにはまいっているようだ。練習については、日体大の選手の真摯に練習に打ち込む姿が印象的で、「練習開始前からしっかり準備している姿勢に感動した」と言う。
欧米に比べると「長い」と言われる日本の練習時間については、「そうは感じません。いろんな国で練習していて、練習時間はいろいろです。日本は(体力トレーニングより)マットワークが多くて、いいですね」と話し、大勢の選手とスパーリングができるのがいいと言う。
ウクライナでは、いまだロシアからのミサイル攻撃を警戒しなければならない日が続いている。空襲警報が発令されて逃避しなければならないことも多く、「しっかりと練習はできません」とのこと。練習を受け入れてくれた国としては、クロアチア、ジョージア、イタリア、セルビア、米国などがあり、滞在費はそれらの国から提供されているケースが多いそうで、その分、頑張りたいという。
6日に帰国したあとは、いったんウクライナで練習し、ハンガリー、ポーランド、ジョージアで練習しつつ国際大会にも出て、9月の世界選手権(クロアチア)に挑むと言う。
ロシア選手と試合で闘うことがあった場合の気持ちを問われると、「スポーツですから、勝利を目指して頑張るだけです。(ロシア選手相手なら)勝つ、という気持ちは強くなります。ただ、握手はしません」と話した。
受け入れ側の樋口黎(ミキハウス)は「オリンピックに出ている選手や、欧州3位などの選手、世界ジュニア2位の選手など有望な選手がたくさん来てくれているので、いい練習になっています」と言う。
これまでウクライナの選手と練習する機会はなかったので、戦争前に比べてどうだ、ということは分からないが、「ばてるところがある。(情勢的に)練習を多く積めていないのかな、と感じる面もある」そうだが、からんだときの体勢の取り方や、欧州選手によくある組み手の脱力感など欧州独特のレスリングをやってくるので、技術的なレベルの高さは感じるそうだ。
紛争中であってもレスリングに打ち込む姿勢があり、強くなりたい気持ちも伝わってきて、「切磋琢磨できることをうれしく思います。スポーツ選手が政治に口を出すのは好きではないけれど、イランとイスラエルもですが、一刻も早い事態の終息、世界の平和を望みたい」と、お互いに心おきなくマットに打ち込める日を待望した。
ウクライナは7月6日まで滞在予定。松本監督は、今後も機会があれば、グレコローマンを含めて交流を続けたいと言う。