(文=布施鋼治)
残り時間「0秒17」の逆転劇だった。6月22日、東京体育館で行われた明治杯全日本選抜選手権最終日。パリ・オリンピックの代表同士が世界選手権の代表を争った女子62㎏級の代表決定プレーオフは、元木咲良(育英大助手)が尾﨑野乃香(慶大)からタイムアップ寸前にテークダウンを奪い、スコアを6-5と逆転して競り勝ち、世界選手権出場を決めた。
試合後、元木は安堵の表情を浮かべた。「最後はタイム内に入ってるという感覚があった?」という問いに、「いや、正直微妙でした」-。
元木がそう振り返るほど、紙一重のアタックだった。もちろん尾﨑サイドはチャレンジしたが、判定が覆ることはなかった。
「『ここで取らないと負けちゃう』と思い、最後に力を出し切ることができた。時間内に入ってくれたので本当によかった」
元木は、パリ・オリンピックの準決勝で第2ピリオド終盤までグレース・ブレン(ノルウェー)に2-7と大きなリードを許していた。しかし、土壇場で反り投げからピンフォール。奇跡の大逆転勝利をあげた。
元木は「あれは本当に奇跡だった」と思い返すが、今回のプレーオフは奇跡ではなく日々の練習の賜物であることを強調した。
「やっぱり(パリ・オリンピックの後も)練習を積んでいるという自信はあったので、負けていても『最後は絶対取りにいける』と自分に言い聞かせていました」
プレーオフに先立つ全日本選抜選手権の決勝でも元木は尾﨑と顔を合わせ、アクティビティタイムで先制点こそ奪ったものの、第2ピリオドになると尾﨑にもぐられたうえにバックを奪われ2-3と逆転されてしまう。しかし残り時間43秒でバックを奪い返してスコアは3-3に。結局、ラストポイントを奪った元木が勝者となった。冒頭で記したプレーオフに勝るとも劣らぬ濃密な一戦だった。
この日の尾﨑との2連戦を通して、元木は「やっぱり強い」と舌を巻く。
「(どちらの試合も)本当にギリギリの勝負だったと思います。やっぱり尾﨑選手は小さいときから活躍していてその姿を自分はずっとそばで見ている。自分が勝てないところや、劣っているところは本当にたくさんある。そこを補うために、どう闘えばいいのかを試行錯誤しながら臨みました」
プレーオフを制したことで、元木は9月にクロアチアで行われる世界選手権に臨む。すでにオリンピックを制しているが、過去2回の世界選手権への挑戦では3位(2022年59kg級)と2位(2023年)に終わっている。それだけに、世界選手権優勝に並々ならぬ闘志を燃やす。
「世界選手権は、やっぱり2回も優勝を逃していることが悔しくて…。いまだに携帯に登録してある朝起きる時のアラーム音は、世界選手権のウイニングランで流れるときの音楽にしてあります。あの曲を聴くたびに過去の世界選手権を思い出すというか、不快な気持ちになる。オリンピックで優勝しても、その悔しさは消えなかったので、今年は世界選手権で優勝を狙いたい」
このあと、シニアとU23の世界選手権を制覇すれば、これまで須崎優衣とアミート・エロル(米国)しか成し遂げていないグランドスラム(オリンピック+4世代の世界チャンピオン)を達成する。