(編集長=樋口郁夫)
日本レスリング協会からレスリング担当記者へのリリース「理事会のお知らせ」をいただいた。6月9日に理事会が開催されるが、そこでの決議事項は、その後の評議員会(6月26日)にて確定・公表となるため、「報告取材は6/26(木)に実施致します」とのこと。すなわち、9日の理事会後は会見を行わない旨の連絡だ。
相変わらずの「閉鎖協会」だな、と思った。決算などは評議員会での承認をもって確定するので、評議員会後に会見して公表する、という理論は、一見してもっとものように思えるが、他の理由があることは容易に推測がつく。
今回の理事会・評議員会は、2年に一度の役員改選があり、会長ほかの協会役員を決める会議。決算の承認以上に大きな議題だ。なぜ、9日の理事会後に途中経過の会見を開かないのか?
会長の選出方法を簡単に書くなら、以下の通りです。
(1)9日の理事会にて新たな理事候補が決まる。理事候補は、「ブロック推薦理事」が各地域から、「傘下連盟推薦理事」が各傘下連盟から、それぞれ推薦されて選出されるほか、「役員候補者選考委員会」が何人かを推薦する。(この段階では理事候補)
(2)26日の評議員会に理事候補をはかり、承認をもらって正式に理事となる。
(3)評議員会後に、承認された理事による理事会を開催し(理事候補は、承認されることを前提に会議の場に来ている)、ここで会長、副会長、専務理事、常務理事が選定され、各専門委員長なども決まる。
9日の理事会後の会見を開かないということは、外部に対して情報を遮断することを意味する。報道をシャットアウトすることで、だれが理事候補に挙がっているかは闇の中。
これは協会の倫理規定第7条 「本協会は、その事業活動に関する透明性を図るため、その活動状況、運営内容、財務資料等を積極的に開示し、(中略)理解と信頼の向上に努めなければならない」を逸脱していることに他ならない。この規定の「透明性」「積極的に開示」とは何か? レスリングの現場に対して「理解と信頼の向上に努力している」と胸を張って言えるのか。
3月の国際オリンピック委員会(IOC)の会長選挙は、スポーツ報道に携わる者として大きな関心を持っていた。だれが立候補して、どんな公約を掲げているか、しっかりとオープンにされ、その中での選挙だった。もしIOCが会長候補や各候補の公約を秘匿し、総会のあと「○○に決まりました」と発表して会見したなら、世界中のマスコミは黙っていないだろう。サマランチ時代に暗黒に閉ざされていたIOCが、全世界に対して選挙をオープンにしていることは高く評価される。
それに対し、レスリング協会は現場の人たちに情報を公開しないまま会長を決める「いつものやり方」を踏襲しようとしている。「役員候補者選考委員会」のメンバーすら公にしない。メンバーを明らかにし、選考した理由をはっきりと明示させることこそが、公益財団法人に求められる透明性なのではないか。
今回は、特にうやむやの中で理事を決めたい理由があることも明白だ。スポーツ庁は2019年、各競技団体の組織の硬直化を防ぎ、新陳代謝を促すことを目的として「理事の在任期間は原則10年以内」とのガバナンスコードを決めた。レスリング協会の内規にも「理事は、原則として、その在任期間が10年を超えるることのないよう5期を越えて理事に在任することができないものとする」とする条文がある。レスリング協会が「理事就任時、70歳未満」との規定をつくったのは、はるか前の2003年のことだ。
しかし現在、協会の要職にいる人の理事在位期間は、10年どころか20年を超える人の方が多い。スポーツ庁と協会の規定に照らせば、現在の幹部のだれもが「再任はない」のである。現場やマスコミに情報を公開しないところで決め、「組織決定」にしてしまいたいがゆえに、積極的な情報公開をしないものと私は推測する。
現在(この6月まで)の協会幹部の年齢と理事在任期間は下記の通り。
《会 長》富山英明=67歳。2001年から理事。12期24年間にわたって在任
《副会長》馳浩=64歳。2003年から理事。11期22年間にわたって在任
《副会長》谷岡郁子=71歳。2015年から理事。5期10年間にわたって在任
《副会長兼専務理事》藤沢信雄=72歳。2007年から理事。9期18年間にわたって在任
《常務理事》多賀恒雄=70歳。2003年から理事。11期22年間にわたって在任
《常務理事》土方政和=64歳。2003年から理事。11期22年間にわたって在任
参考までに、全日本柔道連盟は最古参の理事が2017年就任で、在任10年を越える理事はいない(同連盟の公表している理事名簿)。2023年6月に、理事を27年間務めた山下泰裕会長が「スポーツ団体ガバナンスコードの遵守」を理由に退任。日本オリンピック委員会(JOC)の会長として、まず柔道連盟にガバナンスコードの遵守を求めたからだ。
対してレスリング協会は、ガバナンスコードを遵守しない「長期在位集団」であり、理事の在任期間などを公表していない「閉鎖組織」なのである。
本コラムの前回に書いたことだが、規則を守る「正論」は、正しい方向に進まないことが多い(ぜひ、前回の「直言」を読んでください)。幹部総入れ替えでは、アラブの春のようになってしまう(長期独裁政権を崩したはいいが、リーダー不在でかえって混乱し、庶民が苦しんで内戦も起きた)。
協会の内規には「当該理事の実績等に鑑み、特に重要な国際大会に向けた競技力向上を はじめとした中長期的基本計画等に定める目標を実現する上で当該理事が新たに又は継続して代表理事又は業務執行理事を務めることが不可欠である特別な事情があるとの評価に基づき」と、10年の任期を超えることを認める特例の条文がある。
この解釈のもとで、富山会長があと4年間続けることがあっても苦言は呈さない。会長は国内外に対しての「顔」であり、 ネームバリューが必要。世界レスリング連盟(UWW)が「この人、だれ?」と思う人が会長をやるのは、駄目ではないが好ましいことではないと思う。今の協会に富山会長以上の「世界への顔」はいない。
一方、例外規定を何人にも適用してはなるまい。今回の場合は、富山会長のほかは、本人の意思次第だが、愛知県でのアジア大会を控え、スポーツ庁の規定でも「2期4年間の延長」は容認されている谷岡副会長にのみ、この例外規定が適用されよう。あとの方はガバナンスコードを遵守し、若いパワーを信じ、若い人たちにレスリング界の将来を託す行動をとってほしい。
例外規定があるとはいえ、規定の倍以上の任期を何人にも適用する人事を承認する評議員会なら、各評議員の資格・資質も問われる。例外が当たりまえになったら、規定は意味をなさない。良識を貫く評議員会を望みたい。
よく考えてほしい。今回、幹部を「60代後半・在位20年以上」の人間で固めてしまったら、ロサンゼルス・オリンピックが終わったあとの2029年の人事はどうなるというのか? 経験のない人間だけがいきなり幹部に就任して、満足な協会運営ができるわけがない。2029年からの協会運営を託す人材育成のため、富山、谷岡の両氏以外は、40代、せめて50代前半の理事を幹部に抜てきし、経験を積ませるべきだ。参議院が半分ずつ改選するのと同じ理論。そうでなければ、次につながらない。
富山次期会長(!)に最も求められることは、2028年ロサンゼルス・オリンピックでの金メダル獲得ではない。それは井上謙二強化委員長が責任を持つべきこと。会長がやるべきことは、2029年以降の日本レスリング協会を支える人材の育成にほかならない。
パリ・オリンピックの代表選手が、オリンピックのあと、「この機会にレスリングをメジャーにしたい」として積極的に動いた(関連記事1、関連記事2)。とても頼もしいことと感じた。いつの時代にも、若い人間には高齢者では行動できないエネルギーがある。若いパワーに、レスリング界の将来を託すべきだ。
3期目を迎えるであろう富山会長には、若い人間を数多く登用し、強いリーダーシップによって閉鎖組織から透明性のある組織に変え、未来につながる協会の構築を期待したい!
■2025年5月17日:(7)「正論」は必ずしも正しくない! 「選手救済」のルールづくりを
■2025年4月24日:(6)99パーセントの努力で手にしたオリンピック金メダル、“努力した天才レスラー”小林孝至
■2025年4月08日:(5)男子グレコローマンのルール改正案に思う
■2025年3月12日:(4)味わい深い言葉が出てこそ一流選手! 話ができない選手は主役になれません!
■2025年2月20日:(3)日本のスターじゃない、世界のスターを目指せ! Akari FUJINAMI
■2025年2月05日:(2)「絶対に見返してやろうと思っていました」…結果を出し、本音をずばり言ってきた権瓶広光君(当時専大)
■2025年1月21日:(1)「あの記事、くだらないですよ!」…胸に突き刺さったオリンピック金メダリスト二世の言葉