時代とともにファイトスタイルが変わっていくものの、根強い人気を維持しているプロレス。飛んだり跳ねたりの華麗さを求めるファンがいる一方、安齊勇馬(中大~全日本プロレス)やボルチン・オレッグ(山梨学院大~新日本プロレス)に代表されるように、レスリングをベースにしたヘビー級の迫力を求めるファンも数多くいる。
日体大のグレコローマン最重量級で活躍し、2023年(大学4年生)で大学王者と国体王者に輝いた小畑詩音(新日本プロレス職)は、そんな“昭和チック”なプロレスラーを目指してレスリングに取り組んだ選手だ。
幼少の頃、永田裕志(日体大~新日本プロレス)にあこがれてプロレスラーになることを決意した。宮城・柴田高校時代は柔道の選手で、東北インターハイ優勝、インターハイ・ベスト16の成績。
日体大進学を機にレスリングに取り組んだ。同じ格闘技だが、着衣がある、なしの違いに戸惑い、清岡幸大郎や曽我部京太郎(ともにパリ・オリンピック代表へ)ら同期の選手の体力のすごさに面食らったとのことだが、同じ柔道出身の松本慎吾監督がしっかりと面倒を見てくれた。「負けん気はありましたね。同級生についていこう、と思いました」と振り返る。
恵まれた体格とパワーに加え、最強チームで鍛えられて大学&国体王者に駆け上がった強さは、いずれ四角いリングで暴れ回るだけの資質が十分に感じられるが、今はレスリングに専念。来年秋に名古屋市で予定されているアジア競技大会を目標に、ワンランク上を目指して情熱を燃やしている。
小畑は「やはり、全日本チャンピオンの肩書をもってプロレスに行きたいですね」と言う。マチュア時代の実績がすべてではないのは十分に承知している。世界最大のプロレス団体WWEのスター選手になっている中邑真輔(青山学院大OB)や、新日本プロレスの至宝ベルトであるIWGP世界ヘビー級王者の後藤洋紀(国士舘大OB)らは、全日本王者にはなっていない中からはい上がり、スターの座を獲得した。必要なことは本人の努力だ。
だが、実績が「ない」よりは「ある」からスタートした方が、注目が違う。アマチュア時代の実績を鼻にかけてはいけないが、肩書も大きな武器であり、スターへの近道となりうるのは明白だ。そのためにも、今年の明治杯全日本選抜選手権(6月19~22日、東京体育館)で壁となっている選手を破り、世界選手権出場を果たし、12月の天皇杯全日本選手権で日本一の勲章を目指している。
現在の壁は、パリ・オリンピック予選にも挑んだ奥村総太(自衛隊)と、階級を上げて昨年の全日本選手権を制した奈良勇太(警視庁)。全日本選手権2度優勝の奥村には、2021年全日本学生選手権から一昨年の全日本選手権まで10連敗中だ。ほとんどが1-1によるラストポイントを取られての負けか、1ー3などの惜敗とはいえ、負けは負け。このままの対戦成績でプロには行きたくない。
通算成績は全敗ではない。唯一の勝利が、レスリングを始めて1年半くらいした2021年全日本大学グレコローマン選手権での最初の対戦のときだ。奥村は同年のアジア選手権代表であり、その選手を破ったのだから大殊勲と言える。「指導されて練習してきたことをやったら、勝ったんです」と笑う。それだけに、その後の連敗が不思議だが、「スタンドで取り切れなかったり、グラウンドで返し切れなかったり…」と振り返り、勝てそうでいて勝てない内容がもどかしそう。この壁をどう乗り越えるか。
日体大の先輩になる奈良は、パリ・オリンピックへの道が断たれたあと、減量のない130kg級へ上げて来た選手。指導してくれた先輩であり、練習相手だ。昨年の全日本選手権決勝で初対戦し、1-3で敗れてしまった。ずっと130kg級でやってきた選手として、階級を上げてきた選手に負けたのは、悔しさがつのる。先輩&恩人に対する気後れはきっぱり否定し、「マットに上がったら遠慮はない。越えなければならない」ときっぱり。
今年の世界選手権に出場するには、全日本選抜選手権で優勝し、全日本王者・奈良とのプレーオフに勝たねばならない。シードは発表されていないが、規定からすれば奈良、小畑、奥村の順が予想され、第2シードの小畑と第3シードの奥村は同じブロック。7選手エントリーなのでノルディック方式となり、試合数も多くなる。
厳しい闘いだが、ここでの成績が12月の全日本選手権のシードにもつなわるわけで、来年のアジア大会の代表権獲得へ向けて、闘いは始まっている。
日体大の松本慎吾監督は「明治杯は奈良との一騎打ちになるかな。面白い試合になると思います。いいコンディションをつくった方が勝者になるでしょう」と予想。小畑は奈良を2度破らないと世界選手権の代表にはなれないので、「連勝する、という強い気持ちが必要」と言う。
新日本プロレスには、スタイルは違うが世界選手権5位の実績を持つボルチン・オレッグ(前述)がいて、ときに永田裕志監督とともに日体大の道場を訪れてレスリングの練習を積んでいる。小畑が練習することも多く、ナチュラル・パワーの外国人プロレスラーとの練習は、現在、そしてプロレスへ行ったときに大きく役立つだろう。
30年以上前になるが、新日本プロレス職員としてレスリング活動を続けていた中西学(専大OB)が、プロレス流トレーニングを取り入れて肉体をビルドアップ。パワーに磨きをかけて国内予選を勝ち抜き、アジア予選も勝って1992年バルセロナ・オリンピックに出場した例がある。
小畑も新日本プロレスの上野毛道場でプロレスラーが行う練習にも参加し、基礎体力づくりに励んでいる。「そこで練習し、午後の日体大の練習に参加すると、脚がぱんぱんになるんです」と笑う。重量級に必要なものは、何よりもパワー。プロ・アマ両方のトレーニングを併用して成長した中西の後を継げるか。
プロレス団体の職員として、華やかなプロレス会場に接しているのもプラスに作用しそう。東京ドームや国技館などの大会場で試合があるときは、会場づくりを手伝い、そのあと会場の熱気に接っしている。ビームや花火などの仕掛けもすごく、「いつか、あの晴れ舞台で闘いたい」という気持ちが向上心につながっている。
満員のドームで闘う日を夢見つつ、小畑が世界の舞台を目指す。