今年の世界選手権の日本代表を決める明治杯全日本選抜選手権(6月19~22日、東京・東京体育館)のエントリー候補選手が発表された(クリック)。全階級のエントリー選手を見て気がつく人もいると思うが、山梨学院大の学生選手の名前が、男子フリースタイル61kg級全日本王者の須田宝を含め、一人も含まれていない。
4月30日のエントリー締め切り日を、ついうっかり忘れてしまい、翌5月1日にエントリーしようとしたが、すでに申請サイトが閉められていて、エントリーできなかったためだ。したがって、男子フリースタイル65kg級でU23世界選手権銀メダリストの荻野海志、男子フリースタイル57kg級全日本2位の勝目大翔、男子フリースタイル86kg級学生二冠王者の五十嵐文彌を含めた選手が世界選手権への道を断たれた。全日本王者の須田のみ、プレーオフに出場する権利を有するので、世界への道がつながっている状況(山梨学院大以外にも、同様の選手が何人かいる)。
同チームは「監督やコーチへのペナルティは受けるので、選手は出場させてほしい」などと懇願し、周囲も動いたものの、最終的には協会執行部での決定で「出場は不可」となったとのこと。
こうした事例は以前にもあった。2021年明治杯全日本選抜選手権では、拓大が同様のミスをしてしまい、その2ヶ月前のアジア選手権で日本男子史上最年少(当時)の王者に輝いた塩谷優が出場できず、世界選手権への道を断たれた。2023年のU23世界選手権代表選考会では日大がエントリーを忘れ、前年の学生王者2選手、大学王者1選手を含めた全選手が不出場だった。
それ以外にも、エントリーは通ったが、規定の期間に出場料を振り込むのを忘れ、出場が認められないケースはいくつもあった。今回は、締め切り遅れの選手の出場を認めたら、かつて出場を認めなかった選手に示しがつかない、という理由が大きかったようだ。
今大会は、締め切りから大会まで49日もあって、運営面で支障があるとは思えない。選手はライバルを破ってこその日本代表になりたいだろうから、「認めてやれば?」というのが私の正直な気持ち。しかし、ガバナンス(統治・管理)をきっちり守らねばならない現在、そうした「ゆるやかさ」は通じないようだ。
スポーツとは根本的に「遊び」なのだから、「ゆるやかさ」があっていいような気はする。あるオリンピックで、国際オリンピック委員会(IOC)が「禁止」としている開会式でのカメラ持ち込みをしたレスリング選手がいた。狭量な役員によって本部にちくられ、強制送還といった声も挙がったほど。
その選手は撮影したフィルムを提出し、始末書を書いて事なきをえたが(そのときのレスリング協会理事長と監督が烈火のごとく怒り、その迫力に押された理由が大きかったようだが)、多くの外国選手がカメラを持ち込んでいたことは、世界へ中継されていたテレビでも明らか。聖火ランナーが、トラックにはみ出て写真撮影する選手に阻まれて走れなくなったシーンは全世界へ放映されていた。
IOCは黙認。組織委員会のスポークスマンは「規則はありますが、選手が楽しむための開会式ですから、個人的な記念撮影なら、撮りたければ撮ればいいじゃないですか」とコメント。どの国も問題にしなかった。4年後の大会でもIOCは見て見ぬふり。多くの国が、そんな規則があることすら知らないように写真を撮影していたが、日本選手団は開会式のカメラ持ち込み禁止を貫いた。
女子レスリングがスタートして、何よりも普及に尽力するべき時期の1990年代のアジア選手権で、日本の某女子選手が体重が落ちないまま計量時間の終了が来たことがあった(最終的に20か30グラムくらいのオーバーだったと記憶しています)。韓国人の審判長はニヤリと笑い、「OK」と言って通し、周囲の審判も無言の笑みだったことを私ははっきり覚えています。外国チームの関係者がすでに計量場を去っており、取材者が日本人の私しかいなかったから、できたことかもしれませんが、世界は「遊び」に対して寛容なものでした。
日本スポーツ界が、当時からすべてにおいて規則に厳格だったか、となると、そうではない。私が大学へ入学したときの体育会は、未成年でも酒を飲まされるのは当たりまえでした(トイレで吐きました! 店に迷惑かけましたね^^;)。
現在は、未成年の部員に酒を飲ませたらチームの出場停止もありえます。その理論からすれば、申請遅れの選手の出場却下は、やむをえない決定かもしれません。2021年東京オリンピック予選での樋口黎選手は、50グラムが落ちずに計量失格。「50グラムぐらい、いいじゃないか」とは言えません。時代は変わっています。
ただ、未成年の飲酒といった法律違反や試合のルールはともかく、すべてが規則で動くのは、どうなんでしょ。前述の日本選手団や今回のレスリング協会のルール遵守は、反論の余地のない「正論」です。しかし、「正論は人を動かさない」という言葉もあります。正論を前面に立てての行動がいつも「正しい」わけではなく、使い方次第ではいい方向に進みません。正論は対立を生み、殺伐とした社会へ進むことが多いんです。
こう書くと、あちこちから「おまえが言うな!!!」という声が挙がりそう。正論を主張して上と闘ってきた人間ですから^^; しかし、私が正論を前面に出して引かないのは、正当な取材活動を阻害されたり、報道の自由を冒とくされたときだけです(協会HPをやっていた昨年の今頃も、それで暴れましたね…)。それ以外では、けっこう緩いです。広報委員会メンバーとしてメディア対応をやっていたとき、取材申請の締め切り遅れの社を、委員長に内緒で加えたことなんて、毎回のことでした(委員長は気がついていたと思います。黙認でした)。
締め切り遅れは、遅れた側に責任があるのは言うまでもありませんが、人間、だれしも「うっかり」というミスはあります。交通事故は「うっかり」で済まないケースがあるものの、申請遅れがそれに該当するでしょうか? 人間の情として、救済するべきと思うのが普通ではないかな、と思います。
すべてが規則で動く時代ならば、規則を作ればいい話。申請遅れに対して、例えば
「締め切りに遅れた場合でも、エントリー選手発表の前日までは申請を受け付け、支障がなければ参加を認める」
「その場合、選手あるいはチームに、『次に申請に遅れた場合は、出場できないとなっても異存はありません』との誓約書を書いてもらい、金銭のペナルティ、あるいは指定した大会に裏方のボランティア役員として参加してもらい、奉仕活動をやってもらう」
などと明文化し、大会要項につけたらいかがでしょうか?
2006年度全日本選手権(前日計量の時代)で、最寄り駅までの地下鉄で何らかのトラブルがあって運行が大きく乱れ、多くの選手が試合開始時間に間に合いそうにない事態がありました。協会は開始時間を遅らせる措置をとり、それらの選手を救済しました。しかし、国際ルール、大会要項、協会規定のどこを探しても、その条文はありません。
今、台風などの悪天候でJRや地下鉄が急きょ全面運休し、選手が計量時間に間に合わなかったと仮定します。協会が計量時間を遅らせることができるでしょうか? 審判委員会は「公共交通機関の遅れの場合、計量時間の変更は認めている」としていますが、明文化はされていません。マイカーやタクシーで無理をして時間までに来た選手から、「そんな規定はないじゃないか」と「正論」で攻められた場合、「不文律(明文化されていない規則)で…」と返しても、明文化された規則によっての協会運営をうたっている昨今、説得力はありません。
昨年のオリンピック・アジア予選では、インドの選手が経由地のドバイで大雨に見舞われ、数日間の足止めというアクシデントがありました。計量時間にはかろうじて間に合いましたが、いかなる配慮もなく、減量の時間がとれず計量失格となった選手もいました。それを引き合いに出され、「計量時間を変更する根拠を示せ」と言われたら、示す材料はなく、不在の選手全員を計量失格にしなければならないでしょう。その大会がオリンピック予選で、遅れた選手の中にオリンピックに出れば99%の確率で金メダルが取れる選手がいても、「計量失格」の断を下さねばならないわけです。
「天候や鉄道会社のトラブルによる交通機関の遅れ・運休の場合は、状況に応じて計量時間を配慮する」との一文があれば、ガバナンス違反でなく通すことができ、トラブルになりません。
規則遵守は当然ですが、「黙認や救済のない社会」では、ぎすぎすしてしまい、不幸な人間を多く作ってしまうことになります。協会執行部には、ぜひとも考えていただきたい問題です。
最後に、今回は残念な結果になった山梨学院大ほかの選手には、学生や社会人の大会での健闘を期待します。「今回の経験があったからこそ頑張れた」と言える日が来ることを信じ、レスリングへの情熱を絶やすことなく、前を向くことを望みます。
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